高円寺『キッチン南海』のハンバーグカレー。
高円寺『キッチン南海』のハンバーグカレー。

二つのものを合わせてひとつにする──時にそれは想像を絶するメニューとなり、人々を魅了してやまないのだ。

 

料理だけではない。例えば“人と人”なんかも、恋人同士だったりお笑いコンビだったり、ひとりでは成しえない価値を生むことがある(マイナスもあるが……)あと“場所と場所”だ。私なんかはこの組み合わせを日々追い求めて生きているといってもいい。

青梅の鮎美橋から望む多摩川。
青梅の鮎美橋から望む多摩川。

ひとつは“川”が大好きで、年に何度も川へ赴いている。それと“酒場”だ。酒を出すところであれば、食堂でもそば屋でもいい。このふたつが組み合わさる場所を探し求めているのだが、これが中々難しい。すぐそこに川が見えて、かつ理想的にくつろげる酒場。こんな欲張りなこと、そりゃ簡単には見つからないだろう。

はじめての飯能、入間川へ

飯能駅前。
飯能駅前。

冬でも川に訪れることも多く、最近は埼玉の「入間川」を訪れた。元をたどれば有名な荒川と合流する一級河川で、その下に流れる多摩川や秋川はバーベキューなどでよく訪れるが、この川は初めてだ。一番行きやすい駅が「飯能」だったので、こちらも初めて訪れることに。

飯能駅から10分ほど歩けばもう入間川。
飯能駅から10分ほど歩けばもう入間川。

駅から歩いて10分ほどで、大きく曲がりくねった川が見えてきた。いいですねぇ、雲ひとつない冬の青空と、中洲の枯れた植物たち……ちょっと寂しげだが、こんな冬の静かな川も大好きなのだ。

船着き場跡らしき台座。
船着き場跡らしき台座。

肌寒い風を浴びながら川岸を散策する。吊り橋が見えたり昔の船着き場跡が見えたりと、これがまた楽しい……おや?

突如として目の前に現れた二階建ての建物。
突如として目の前に現れた二階建ての建物。

川床……と言っていいのか、川の向こう側に二階建ての突き出た建物がある。もう少し、近づいてみよう。

川床のお憩い処『橋本屋』。
川床のお憩い処『橋本屋』。

建物の下に潜り込んで『お憩い処 橋本屋』と書かれた看板がある。まさか……食堂か? 大好きな川と大好きな食堂がふたついっぺんにあるだなんて……はやる気持ちを抑えつつ、向こう岸へ急いだ。

建物が川の方へ少し突き出ている!
建物が川の方へ少し突き出ている!

近づけば近づくほど、魅力的になる。ダムのようになっている川中の通路を渡り、いよいよ建物の前にたどり着いた。

どこからどう見ても昭和な外観。
どこからどう見ても昭和な外観。

おお……これは素晴らしい! 食堂で間違いないようだが、山の頂上にある茶屋のような外観だ。アルミサッシの引き戸の奥には、広々とした店内と酒缶の入った冷蔵庫がチラリ。店先の看板には堂々と“河原を見ながら憩いのひとときを…”という文字。この誘惑を回避できる精神力は私にはない。

川床の食堂を発見! 中へ入ってみると……

「すいませ~ん……」

人気のない店内だったが……。
人気のない店内だったが……。

軽いアルミサッシの引き戸を引いて尋ねたが、人の気配を感じない。まさか、営業していないのか? ここまで見せつけられては、蛇の生殺しだ。もう一度、声を出そうとすると奥から女将さんが足早にやってきた。

「ごめんね、いま“徹子の部屋”観てたの」

拍子抜けの返答に、ホッとする。営業はしているようなので、早速中に上がらせてもらうと……そこには“絶景”が待っていた。

圧巻のパノラマ店内!
圧巻のパノラマ店内!

ず・ご・い……! 外観から予想通りの縦長の店内は、畳が敷き詰められた入間川パノラマビュー! 低いテーブルと座布団、壁には手書きのメニューが並び、奥にはカラオケ機器もある。

窓のすぐ下は入間川!
窓のすぐ下は入間川!

半分はガラス張りで、まるで川の上に浮いているような感覚。こんな素敵なロケーション……もしかしてこれは夢なんじゃないか?……いったん、心を落ち着かせよう。

「すいません、瓶ビールいただけますか?」

「はーい、ちょっと待っててね」

冷えた瓶ビールとそれを待つグラス。
冷えた瓶ビールとそれを待つグラス。

何だか実家に帰ってきたような気分になっていると、おぼんに乗った瓶ビールが到着した。さぁ飲もう……いや待て。ここは川の景色を見ながら始めようじゃないか。

入間川を望みながらビールを注ぐ筆者。
入間川を望みながらビールを注ぐ筆者。

トットットットッ……太陽の光を反射させて、麦汁がグラスに埋まっていく。それを一気に、

入間川と乾杯して一気にビールを飲み干す筆者。
入間川と乾杯して一気にビールを飲み干す筆者。

ごくっ……ごくっ……ごくっ……、カ──ッ、最高のビール、最高の入間川の景色! 他に客がいないというのもあるが、心地よい「シン……」とした静寂が堪らない。すぐにでも、この酒のアテを合わせたいが、女将さんは一人だけ。あまり多く頼むのも憚(はばか)られる。

「簡単にできるメニューってどれですか?」

「そうねぇ、コレとコレはちょっと出せないけど……」

「アレでしたら、徹子の部屋が終わってからで結構なのでお願いします」

「あはは、大丈夫よ」

お通し代わりの「白菜・キムチ」。
お通し代わりの「白菜・キムチ」。

そういってすぐに厨房から持ってきてくれたのが「白菜・キムチ」だ。これ、うまそうだ。横にザク切りした白菜にうま味調味料と醤油がほんのり。瑞々しい白菜の歯触りと、ちょっと濃い目の味付けが酒を進める。甘くて辛いキムチ風のタクアンとのバランスもちょうどいい。

濃いめの味が酒と合う!
濃いめの味が酒と合う!

「これね、手作りなのよ」

「へ~、すごくおいしいです!」

「まぁ、アタシが作ったんじゃないけどね」

「えっ!?」

どうやら近所で買ってきたものらしい。正直なところが、またいい。

大皿に敷き詰められた「から揚げ」と、なぜか添えられている梅干し。
大皿に敷き詰められた「から揚げ」と、なぜか添えられている梅干し。

続いてやってきたのが「から揚げ」である。こちらは見るからに手作りのから揚げだ。うん? 1、2、3……ずいぶんたくさんあると思ったら、から揚げと同化してなぜか梅干しが2粒。不思議な組み合わせに、ワクワクと箸が伸びる。

衣にしっかりと味の付いたから揚げ。
衣にしっかりと味の付いたから揚げ。

「カリッ!」と川まで響きそうな衣の音とともに、中からたっぷりの肉汁があふれる。うれしいのが衣に味がしっかり付いているところだ。私はこのタイプが大好きなのだ。おもむろに食べた梅干しも、これが結構揚げ物に合う。家でも真似してみよう。

若くてパワフルすぎる女将さん

「女将さんが履いてるジーンズ、似合ってますね」

「いやね、全部ユニクロよ?」

その言葉の返しが“若い”と思っていたが、御年79歳と聞いて衝撃を受けた。もうすぐ傘寿とは、どうやったって見えないのだ。そしてお話し好きの女将さんは、料理を届けるたびに色々な話をしてくれる。

奥には広い厨房。
奥には広い厨房。

この店を任されたばかりの時は、料理のことが何もできなかったという。それでも、亡くなったご主人に料理を教えてもらい、今ではすっかり「おいしい」とお客さんに言ってもらえるようになったと、はにかむ女将さん。

「あっ、柚子忘れてた!」

柚子のアクセントが効いた「肉うどん」。
柚子のアクセントが効いた「肉うどん」。

と、一度持ってきた丼を厨房に持って帰り、改めて持ってきてもらった「肉うどん」。豚バラ、ほうれん草、天かす、そこへネギがパラリとかかった、何だか懐かしくなる一杯を大いにすする。

食堂といえばやはりうどん。
食堂といえばやはりうどん。

のど越し豊かなうどんは、ちょうどいい味付けのスープや具たちとよく絡む。すすり終わるころには、だいぶ日も傾いてきた。

 

「若い子からパワーをもらってるからよ!」

なぜ、そんなに若くてパワフルなんですか?と尋ねると、女将さんが笑顔でそう答えたのだ。冗談のような、本当のような……何気ない女将さんのその言葉がなぜだかとても心に残った。

絶景の角度。ここに泊まれるものなら泊まりたい……。
絶景の角度。ここに泊まれるものなら泊まりたい……。

川を望める、畳張りの食堂で温かい料理と酒──なんという最高の組み合わせなのだろうか。今更ながら気が付いたが、これはまさしく“ハンバーグカレー”と同じだ。
いや、それとこの女将さんを合わせたら、それこそここが理想郷となるのかもしれない。

 

「そうそう、おいしいぬか漬けあるんだけど、いる?」

最後にまた「ぬか漬け」をいただいた。このサービス精神の旺盛さにも脱帽だ。

手作り感満載の「ぬか漬け」。
手作り感満載の「ぬか漬け」。

「これも手作りなのよ」

「やっぱり! おいしいですね~」

「まぁ、アタシが作ったんじゃないけどね」

入間川と『橋本屋』。
入間川と『橋本屋』。

川床の食堂で、また笑いが起きた。それは、もう少し日が暮れるまで続くのである。

住所:埼玉県飯能市飯能271/営業時間:10:00~日没まで/定休日:不定/アクセス:西武鉄道池袋線飯能駅から徒歩15分

取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)

「ウッ、こ、濃いっ……!!」私は酒場が好きな以前に、とにかく酒が好きだ。焼酎、ビール、日本酒、ウイスキー、ワイン……アルコールが溶けている飲み物であればなんだって好きなのだ。ただ、それだけ酒好きなのに、未だに慣れないことがある。それが“唐突な濃い酒”である。どういうことかというと、例えば酒場でウーロンハイを頼んだとする。それが届いておもむろに飲む──ウッ、なんだこれ……焼酎がめちゃくちゃ濃いじゃないか!といったことに出くわすことがあるだろう。こちらとしてはほどよく調合されたウーロンハイのつもりで勢いよく飲むものだから、驚いて口から霧を吹いてしまうこともある。
たかが酒場、されど酒場──お酒なんてものは詰まるところ、楽しく飲めればそれでいい。ただ、それでも尊い価値というのが存在していて、中にはお酒だけではなく酒場自体に陶酔してしまう人間もいる……私がそのひとりだ。その酒場の価値について、改めて考えさせられたことがある。世界のストリートグルメを紹介するNetflixの「ストリート・グルメを求めて」というドキュメンタリー番組で、日本の酒場が特集されていた。大阪にある酒場なのだが、店主の人生や酒場への愛情が非常によく描かれており、観ていてとても感動した。そう、酒場というのは時に感動すらさせてくれる価値を持っているものなのだ。