流行の先端を行く街で昔の名残が映える
現在、青山一丁目エリアには各国の大使館が点在。こんな国際色豊かになるなんて、江戸市民は想像もしなかったはずだ。『ゲーテ・インスティトゥート東京』の図書室には、以前読んだことのある小説があった。そうか、この本もドイツの作品だったのか。なんだかぐっと身近に感じるね。
青山霊園を抜け、そばにある『青山紅谷』へ。大正12年(1923)に青山通りで創業し、2023年6月、現在地に移転した。売り場に掛けた看板は2代目の時に作ったと思われるもので、「倉庫に眠っていたものを内装に活かしました」と4代目の青木さん。それにしても、あんみつって派手さを競うものだと思っていたけれど、ここのはむしろ真逆を攻めている。すごい。
外苑前エリアに入ると、こぢんまりとしたギャラリーが増える。『うつわ 楓』もその一つだ。店主の島田さんは中庭を指差し、「この一帯は昔沼地で、そこに船着き場があったそうです」。言われてみれば、店は道路から一段下がったところにあって、橋の欄干の名残も見える。そんな話を聞いて、知らないはずの景色がふと思い浮かんできた。
きらめく街の光の中に古い記憶が潜む
表参道交差点付近を歩くと、ピカピカのファッションビルがまぶしい。一方、路地に入ると……おお? こんなところに銭湯が。創業120年以上になる『南青山 清水湯』は、1964年の東京オリンピックの時、外苑西通り(キラー通り)を造るからと立ち退かされ、こちらに移ったそう。そして2008年に心機一転、「美容」「健康」をテーマにリニューアルした。軟水の風呂に浸かって、肌はしっとりふっくら! せっかく調子がいいので、このまままた寄り道しながら渋谷に向かおう。
さて、締めに渋谷みやげを探すぞ。『渋谷 東急フードショー』は限定商品を探すのにうってつけだ。地元民御用達の生鮮食品フロアは活気があって、商店街を巡るように回っていたら、『北野エース』でハチ公ソースを発見。そういえば、昼間に通った青山霊園には、ハチ公と飼い主の上野博士が眠っていたな。今度また歩く時、こんないいお土産があったよって墓前に報告するのもいいね。
『青山 紅谷』あんみつで気づく季節の移ろい[外苑前]
あんみつを作るのは4代目の青木龍之介さん。シンプルを極め、素材一つひとつを活かした滋味あふれる名品だ。季節で果物を替え、あんや蜜も一新(写真は栗で、白蜜ベースのこしあんソースをかける)。
・10:30~18:00(甘味処は~17:00LO)、月・火休
・☎03-3401-3246
『ゲーテ・インスティトゥート東京』ドイツ文化に触れ、新たな発見も[青山一丁目]
語学講座や、催し物を通して文化を紹介するなど「日本でドイツに一番近い場所」と所長のペーター・アンダースさん。図書室は閲覧自由で、和訳書と原書が並ぶ一角や、ドイツ語を読めなくても楽しめる絵本も。
・13:00~18:00(金・土は11:00~16:00)、日・月・祝休
・☎03-3584-3201
『Connel Coffee(コーネル コーヒー)』コーヒー豆はイタリアから直輸入[青山一丁目]
ランチボックスは和・洋・中からチョイス。食後は、濃いめのエスプレッソで淹れたカフェラテを片手にのんびりしたい。草月会館の中にあり、館内のイサム・ノグチ作品や、赤坂御苑の緑など借景が眼福。
・10:00~17:30、土・日・祝休
・☎03-6434-0192
「いちょう並木」風でひらひらと揺れるイチョウの葉が美しい[外苑前]
かつて青山練兵場があった場所が、大正15年(1926)、明治神宮外苑に。北正面には聖徳記念絵画館があり、そこから青山通りに向かっていちょう並木が真っ直ぐ伸びている。両側に146本のイチョウの木がずらり。例年12月上旬頃まで、黄金色に紅葉した姿も見事。
『うつわ楓』暮らしに自然となじむ温もりのある器[表参道]
「思わず手に取りたくなる土物の器が好き」と店主の島田洋子さん。お客さんの願いを作家に伝えて新作を作ってもらい、それが定番として店頭に並ぶこともある。月2回ほど個展も開催。
・12:00~19:00、月・火休(個展会期中は営業。不定休あり)
・☎03-3402-8110
『麓堂書店(ろっかくどうしょてん)』こだわりを詰め込んだレトロな一室[表参道]
レトロなビルの階段を上がると、そこは写真集や画集、随筆など古書を集めた一室。店主は以前飲食店も営んでいたため、食に関する本も多い。年代物のなます皿はどれも美品で、どう盛り付けようか想像が膨らむ。
・12:00~18:00、月・火休
・☎03-4400-5760
『南青山 清水湯』創業120年の銭湯で健康&美容大作戦[表参道]
1964年、千駄ケ谷から現在地に移転。風呂の湯も蛇口の湯も軟水を使っているので、肌がふっくらして、翌朝もびっくりする。微細な泡を発生させ、柔らかい湯触りを作るシルク風呂が名物。
・12:00~24:00(土・日・祝は~23:00。最終入場は閉店30分前)、金休
・☎03-3401-4404
『喫茶サテラ』この場所に刻まれた記憶を引き継ぐ[渋谷]
2020年オープンとは思えぬ、趣ある店内。48年続いた「青山茶館」が店を畳み、元常連が場所を引き継いだ。店内の意匠は残しつつ、より落ち着ける空間に改装。サテラブレンド700円。
『北野エース 渋谷 東急フードショー店』これぞ正真正銘渋谷みやげだ![渋谷]
その土地ならではの品揃えが光る食料品専門店『北野エース』。店舗は全国にあるが、渋谷店にもよそではあまり見ないとっておきの商品が。ハチ公ソースの本社は渋谷にあり、社名を冠したソースは区内限定販売。せんべいも見逃せない。
・10:00~21:00、無休
・☎03-6455-3905
『Whoopi Goldburger(ウーピー ゴールドバーガー)』炭火で香ばしく焼いた豪快な一品[渋谷]
おすすめは十勝産ベーコンをスモークし、パテと一緒に挟んだケビンベーコン。パテは牛肉の異なる部位を混ぜ合わせ、店内で手ごね、成型。注文ごとに炭火で焼き上げていて、かじり付くと歯応えがよく、強いうまみが舞う。
【名店をたずねる】『なだ一』染み染みのおでんで心まで温まる[渋谷]
客が10人も入ればいっぱいになるくらい、『なだ一』の店内は狭い。もしも奥に座った人が外に出ようものなら、手前の人も全員席を立って、一度外に出ないと通れない。そんな面倒も、「すみません」「大丈夫ですよ」なんて言葉を交わすきっかけになると思えば、一人酒でも孤独じゃないね。「昔はもっと狭かったと聞いています。横丁は40軒弱の建物が3列に並んでいるんですが、うちを含む渋谷川沿いの店は、川に迫り出すようにして拡張されたらしいです」と、4代目の渡邊秀さん。
渋谷のんべい横丁は、JR山手線の高架と渋谷川に挟まれた細長い敷地にある。戦後、周辺で営業していた屋台がここに集まったのが始まりだ。その中に渡邊さんの曽祖父母、『なだ一』の初代がいた。なんと、横丁の初代組合長も務めていたとか。そして、今も昔も『なだ一』の自慢はおでん。元々は関東風の濃い口だったが、2代目(渡邊さんの祖母)の時にレシピを改良し、現在の透き通ったつゆになった。具は大きく、「『お前の体がデカイからだろ』ってよく言われるんですけど、僕が継ぐ前から大きかったんです」。大根は芯まで染み込ませるのに4〜5時間かかるので、自宅で仕込んでくる。
おでんはもちろんだが、『なだ一』は人も魅力的。語り継がれるエピソードにこんな話がある。
「ある日、ひいおばあちゃんが閉店時間を過ぎても帰ってこなかった。店に電話しても出ないし、ちょっとした騒ぎになったそうです。次の日帰ってきたひいおばあちゃんに事情を聞くと、お客さんに『田舎のおふくろに似てるから、どうしてもごはんをごちそうしたい』って言われたって。断っても引き下がらないから、付き合っていたそうです(笑)」。
勘定を済ませ、隣の人にまた「すみません」と言って通路を空けてもらい、外に出る。すると、「大丈夫ですよ。おやすみなさい」と見送ってくれた。『なだ一』で身も心もぽかぽか。帰り道も寒くないね。
取材・文=信藤舞子 撮影=原 幹和
『散歩の達人』2023年12月号より