「イタリアン不毛の地」に誕生した地元民に愛されるお店

お店の外観の様子と店主の木村さん。
お店の外観の様子と店主の木村さん。

「やっぱりまずはコースを食べてほしいですね。」

店主の木村さんはそう語る。コースを頼むことで、そのお店が一番大切にしているおいしさが何か、伝わるからだ。

18歳の時からレストランで料理の修行をしていた木村さんは、叔父が元々経営していた焼き鳥店の土地を借りるかたちでイタリアン「Goloso」を開いた。『木村食堂』の前身である。お店を開いた2013年頃は「イタリアン不毛の地」と呼ばれていた蔵前。地元の方たちからは「待ってたよ」と受け入れられたそうだ。

全体としては40-50代のお客さんが多いとのことだが、常連さんの中には85歳のお姉様もいるという。地元の方に愛されているお店だ。

「Goloso」時代から使っているロゴマーク。「Goloso」とは食いしん坊の意味。
「Goloso」時代から使っているロゴマーク。「Goloso」とは食いしん坊の意味。

少し定食屋さんのような趣ある『木村食堂』に名前を変えたのは、イタリアンといえど「木村さんオリジナルの料理を作っている」ことへの矜持から。その言葉通り、日々入荷する食材や季節によって異なる料理が毎日つくられ、提供されている。季節感をしっかり捉えた料理、そして素材への徹底的なこだわりとシンプルな味つけが『木村食堂』の魅力だ。

今回、筆者が頼んだコースは「真ん中コース」。食材の仕入れによりメニューの内容が変わる、おまかせコースである。ランチでもディナーでも人気のあるコースだ。

こだわり抜いた素材を使用したシンプルな味わいこそが真髄

水牛のモッツァレラと栃木の1kg超えの新高梨、そして同じく栃木の「早秋」という柿の盛り合わせ。
水牛のモッツァレラと栃木の1kg超えの新高梨、そして同じく栃木の「早秋」という柿の盛り合わせ。

水牛のモッツァレラと季節のフルーツやトマトを取り合わせるのが『木村食堂』の前菜のセオリー。フルーツや野菜は土浦の「久松農園」や「みどりショップ」から仕入れることにしている、と木村さんは語る。素材はこだわりある生産者のものを使い、その魅力をシンプルな味わいで丁寧に活かすのが木村さんの手法。だからこそ、どこから仕入れるかが何よりも大切なのだ。

じゅんわりと甘くジューシーな大ぶりの梨。濃厚だが後味は爽やかな水牛のモッツァレラ。甘いけれど不思議と脇で味を支えてくれる柿。そのどれもがそれぞれの役割を丁寧に果たしていた。次は洋梨の季節ということで、想像するだけで口の中が幸せになってしまう。

1kg超えの新高梨。筆者の手のサイズと比べても、隣の柿のサイズと比べても、なお大きい。
1kg超えの新高梨。筆者の手のサイズと比べても、隣の柿のサイズと比べても、なお大きい。

もう一つのこだわりは、フォアグラ・キャビア・トリュフに頼らないこと。「なるべく手の出しやすいお値段で、でも美味しいものを食べてほしい」という木村さんの願いがこの小さな取り決めの中に垣間見える。

そして、その素朴さと香りは切っても切り離すことができない。素朴だからこそ素材の香りが大切なのだ。「できれば、香水を強くして来ないでいただけると嬉しいです。」と木村さんは語る。SNSにもお店の前にも書く徹底ぶりだ。そして、筆者もそのこだわりには納得しかない。素材の香りは繊細で、香水には負けてしまうからだ。

栃木のキノコ6種のパスタ。
栃木のキノコ6種のパスタ。

マファルディーネという平麺パスタを使った一品。パスタの両脇が波打っているため、ソースがよく絡み、しっかり食感が残っていてきのこのコリコリとした食感と合わさり絶妙なハーモニーを奏でていた。

何よりもきのこの量!パスタよりもはるかにきのこが多くて、筆者が思わず「きのこでお腹いっぱいなんて初めてかも……」と呟くと、木村さんに「きのこのパスタって言うくらいなんだからこれくらい入れないと」と笑われてしまった。それにしても多い。きのこで溺れてしまいそうなくらいきのこが入っていた。

FAELLAのパスタ。
FAELLAのパスタ。

もちろん、パスタにもこだわりはある。イタリアのメーカーであるFAELLAのパスタに出合ってからは、これしか使わないと決めた、という徹底ぶり。何がなんでも美味しいものを食べさせよう、という気合いが伝わってくる。当然、マファルディーネもFAELLAのものだ。

シンプルかつきのこの香りが存分に感じられ、とことんまでこだわり抜かれた『木村食堂』らしさが全面に出ている一品。6時間オーブンで焼いたというトマトもほんのりと香り、シンプルなのに奥深さのある一皿に舌鼓を打った。

「ウチは料理するだけ」という言葉にみる、料理人のストイックさ

ホゲット(マトンとラムの間の羊肉)のポルぺッティ(肉団子)。
ホゲット(マトンとラムの間の羊肉)のポルぺッティ(肉団子)。

ジビエの幅広さも『木村食堂』の特徴だ。

直接猟師さんから買うこともあるというこちらもこだわりのお肉は、猪肉、鴨、鹿、ヒグマ、アナグマと本当に様々だ。ジビエといえば匂いが気になりそうなものだが、腕良く処理された肉は匂いが気にならないとのこと。

「ウチはね、料理するだけだから」と木村さんは語る。

仲介業者や八百屋、農家、猟師、彼らの手が入った時から料理は始まっている。その中では料理は本当に小さな作業にすぎない。そんな謙虚な姿勢が、木村さんの素材に対する飽くなきこだわりを支えているのだ。

ホゲットはほとんど臭みもなく、それでいて羊の良い匂いがふんわりと香る。野菜やフルーツの皮などを惜しみなく使った深いスープに浸された、ほんのり甘い白いんげんが食べ応えを増す。優しいのに、スープとは思えないほど満足感のある一皿だった。

こぢんまりと落ち着いた店内にはクラシックが流れている。
こぢんまりと落ち着いた店内にはクラシックが流れている。

内装のこだわりは「おいしそうだな」という雰囲気を味わってもらうこと。器はとにかくシンプルにし、味の邪魔をしないようにする。クラシックをかけるのは、姿勢を正して目の前の食事と向き合ってほしいから。その食に対するストイックな態度から、常連さんが多い。もちろん、店主の木村さんの愛嬌ある性格にもファンが多いのだろう。

木村硝子さんのシンプルなグラスに注がれたお酒。
木村硝子さんのシンプルなグラスに注がれたお酒。

グラスワインとしてはスパークリングワイン1種、白ワイン3種、オレンジワイン2種、赤ワイン3種を常に用意されているということで、ワインバーとして通う人もいるとのこと。バーとして来る方達には、チーズと胡椒のパスタが人気だそうだ。

メニューの写真。3種類のコースがある。
メニューの写真。3種類のコースがある。

コースは3850円のコース、5000円のコース、7700円のコースとあり、昼も夜も同じ値段。「僕ね、どうしてもお昼にしか行きたいお店に行けなかった時に、ランチメニューしかないとガッカリしちゃうんだよね。だからランチメニュー無くしちゃったのよ」と語る木村さんは、まさに真摯な「Goloso」(食いしん坊)である。

ちなみにフルコース7700円を頼んだ人は、パンの持ち込み自由。5000円と3850円のコースを頼んだ人はパンを550円で持ち込むことができる。

『Goloso』から店名を変えてしまったのでグルメサイトのコメントが全部なくなってしまった……と木村さんは寂しがっていた。なんとも可愛らしい方だ。ぜひ一度、このこじんまりとして居心地の良いお店でこだわりの料理を味わってみては。そしてグルメサイトにコメントを書いてみるのはいかがだろうか。

住所:東京都台東区蔵前4-5-2/営業時間:11:30〜13:30LO
17:30〜23:00LO/定休日:日/アクセス:都営浅草線蔵前駅から徒歩2分

取材・文・撮影=HOKU