有名和食店での修業を経たマスターが29歳で『瀧元』をオープン
JR総武線大久保駅の南口をテクテクと歩く間、万国旗かのようにさまざまな国の飲食店が並んでいる。たくさんの人が連日この街にやってくる理由がわかる気がする。
そんななか、たくさんの赤ちょうちんが店頭を飾る昔ながらの店が見えた。ここが1970年創業の『瀧元』だ。
中へ入っていくと、御年84歳のマスター、滝沢璋治さんが迎えてくれた。娘婿の岡本臣詔さんやスタッフの北條真之さんとともに、今も現役バリバリで仕込みから厨房に立つ。
マスターは大学に入ってもあまり真面目に勉強せず遊んでばかりいたそうだが、大学を卒業すると父親に勧められるまま某有名日本料理店に弟子入りすることになった。後にも先にも、師匠はその親方だけだ。
「けっこう格式の高い店でね。有名な料理人だった親方は厳しかったけど、しっかりそこで学びました。そして、29歳のときに独立して自分の店を開いたわけだけど、これからの時代は親方が作る高級な料理じゃなくて、やっぱり大衆の方がいいだろうと。で、このお店がちょうど空くということで魚河岸料理店を構えることにしました」
そして、1971年に『瀧元』はオープン。以来、50年以上も毎日築地(今は豊洲)へ通う日々がはじまった。「今も店の前の道は人通りが少ないですよ。昔はもっと人が少なくて、夜9時には店を閉めてました(笑)」。
開店当時から通う常連客が今なお足繁く通う名店。店の外のメニューを見る限り、ランチはお手頃なのでどんな定食が食べられるか楽しみだ。
脂ノリノリ、まるでお肉のような本まぐろのノドうま煮
開店当初からはじめていたランチの定食は、メインのおかず、選べる副菜1品、豆腐、漬物、そしてごはんと味噌汁(平日はしじみ汁)はおかわり自由だ。刺し身、焼き魚、煮魚、揚げ物などがある。どれを選んでもお値段は1100円。さんざん吟味した結果、本まぐろのノドうま煮をオーダーした。
「うちではまぐろは本まぐろしか取り扱ってないの。魚河岸と50年の長い付き合いだから、ノドが出たらみんなうちへ回してくれるんですよ。何せ100kgのマグロからうま煮にできるノドはひと握りしか取れないんだから」。
自慢の刺し身も見せてくれた。本まぐろがこんなに乗って定食が1100円⁉
「正直大丈夫じゃないですけど。はい、もう皆さん口が肥えてるんでね。うちは焼き魚もおすすめですよ。毎日魚を変えているんですけど、今日は長崎の五島列島のアジです。大きくて上等ですよ」。
話を聞いているうちに注文していた定食がやってきた。うわー、さすが100kg超のまぐろのノドだけに大きくて食べ応えがありそう。いただきまーす!
本まぐろの脂とともに旨味がじゅわ〜。骨についた肉もズルッと箸で取れる。こりゃ白飯がどんどん進む。
骨を裏返したらまだまだ肉がついていて第2ラウンド。すっかり食べ尽くして最後はまぐろの骨の標本みたいになっちゃった。
「ノドは1尾で2人前しか取れない希少な部位で、アゴの近くだから筋肉が発達してる。本まぐろらしく脂も乗っていて食感は肉みたいな弾力があったでしょう?」とマスター。
いや〜、すっかり本まぐろを満喫。刺し身がポピュラーだけど、部位によっては煮ても最高においしい魚なんですね。ごちそうさまでした!
「昔はほとんどビルがなくて、店にいると新宿駅のアナウンスが聞こえました」
ここ20年あまりの間にすっかりにぎやかになった大久保周辺。この地で50年店を営んでいるマスターに昔の大久保について尋ねてみた。
「昔はもっと人通りがなくて高いビルなんてほとんどなかったです。ここから新宿の西口行くまで、『緑屋』さんっていう3階建てのデパートかスーパーみたいなのがあって、あとはほとんど平屋だったんです。だからね、新宿駅のホームで『〜番線に電車が入ります』なんてアナウンスも聞こえましたよ」。
へー! それは想像がつかない。当時、『瀧元』の周りは会社が多く、働く人たちをターゲットにしたそば屋や喫茶店がひしめきあっていたという。
「飲み屋さんが少なかったから、この辺で働く人たちは夕方5時過ぎるとウチへまず席取りの先発隊が来るみたいな。その頃のお客様もまだ来てくださる方がいますよ」とマスターの口元がほころぶ。先ほどのランチを食べたら「魚を食べるんだったら『瀧元』じゃないと」という気持ちもわかる気がする。
「ですから、このお客様はどんなものを好んでいるっていうのも、だいたいもうわかりますよ(笑)。ウチの前の通りは今も昔も人通りが少ないのもあると思うんですけど、あんまりフリーでウチに来るお客さんは少ないんですよ。ほとんど予約か、新規の方でも知ってるお客さんに連れられてくるとか」。1度来た人は必ずまた来てくれるそうだ。
ランチの注文を待っている間、カウンターの上のメニューが気になったが、夜だけのメニューなのだそう。マスターが手書きする達筆なメニューというのもあるのだろうが、どれを食べても当たりの予感。次は刺し身や焼き魚をいただいてみたい!
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢