オープンから10年。パンづくりも店づくりも試行錯誤で地元の人気店に
『Boulangerie BASSE』があるのは京成小岩駅南口を出て1分もかからないところ。店の前にはバス停を模した目印が置かれている。
店名のバースにはバスが関係あるのか? と思って訊ねてみると「バス停を置いたのは僕が昭和レトロ好きだから。店名は楽器のベースからとっています」と松永さん。松永さんは所属するロックバンドのベーシストとして今も頻繁にライブ活動を行っているバンドマンでもある。
「20代半ばまで音楽で食べていこうと、ライブハウスでアルバイトをしながら演奏活動をしていました」。パン屋開業のタイミングで、バンド脱退を考えたものの、仲間から引き止められて、パン屋と演奏活動と両立してきた。
パンづくりを仕事にしたのは、母方の家族がパン屋を経営していたから。その店の閉店をきっかけにパン屋を志して、知り合いのお店で3カ月間修業。2013年4月にJR小岩駅のそばでお店をオープンした。9年ほど経った2022年に現在の場所に移転した。
現在の店舗は前の店があった場所からそれなりに距離があるが、常連客が変わらずパンを買いに来るという愛されっぷりだ。しかし最初の5年はいつ潰れてもおかしくない状況だったと松永さんは話す。
「パンづくりのことも適切な原価の割合なども、最初はよくわかっていないままでした」。知識や技術も計画性も十分とはいえないまま、店を運営していたのだ。
失敗から学びながら納得のいくパンづくりの腕を磨き、パン屋の経営やマーケティングを自力で勉強。そのころ生まれたパン、くるみこしあんクリームチーズが状況を変える。名前の通り、生地にくるみを練り込み、こしあんとクリームチーズを包み込んだ不動の人気No.1。週末には1日100個も売れる。
ヒット商品として浸透するまでには、さまざまなアクションを起こした。「自称小岩名物として1カ月で1000個売るというチャレンジ企画をやりました」。
見事に目標数に達してから、地元のFMラジオ番組に出演。タイミングよくテレビの散歩番組にも取り上げられたことが追い風となり、地元で知られる存在となった。
他にも、さまざまなアイデアと行動力であらゆる状況を乗り切ってきた。
その例のひとつが、甘酒を入れた生地。バター不足が深刻だった時期にバターなしで、味に深みのある生地をつくろうと開発したものだ。この生地を使った甘酒ベーグルのシリーズはもっちりした生地にクランベリーやオレンジピールなどの組み合わせがおいしいと、根強いファンがいる。
材料のユニークな組み合わせで興味を持ってほしい
他にも『Boulangerie BASSE』には、ついつい買ってみたくなるパンが多い。キューブ型のアップルシナモンブレッドもそのひとつ。
しっとりと柔らかい生地のなかに、シナモン風味をつけたりんごのシロップ煮が入っている。りんごがたっぷり巻き込まれているので、ほぼひとくちごとにりんごの食感と味にたどり着く。
タコさんウインナーはユーモラスな形にどうしても目がいくし、柚子胡椒ソーセージフランス、大葉味噌ソーセージといったネーミングにも心惹かれる。
「商品名から材料がわかるようにして、組み合わせのおもしろさをすぐに感じてもらえるようにしています」と松永さん。
カマンベールチーズをまるごとカンパーニュ生地で包んで焼いたまるごとカマンベールチーズは、バンド活動で地方を訪れたときにヒントを得たパンだ。ちくわパンも北海道でライブがあったときに食べたパンをアレンジしたものと、音楽活動で遠征しても、何かを持って帰ってくるようにしている。
音楽活動に通じるパン屋としての誰かの心を動かすこと
ところでパン職人は朝早く仕事を始めるものだが、音楽活動は夜遅いイメージ。両立は難しくないのだろうか?
「店は11時オープンで、僕は6時半から仕事を始めます。だから週1回ぐらいなら深夜に帰ってきてもギリギリ大丈夫です」と自営業のメリットを生かして活動している。
松永さんの経営理念は人の心を動かす仕事をすること。
1歳の誕生日祝いとして近ごろ流行している一升パンのオーダーを受ければ、リクエストの難しいデザインに取り組んだり、従来のレジ袋が有料化されるとバイオマスレジ袋を導入して無料提供できるようにしたり、子どもの顔より大きなキャラクターパンをつくったり。おいしいパンを前提として、店に来る人に感動してもらいたいと考えている。
「どれもちっちゃい感動ですよ」と謙遜しつつも「この考えは、ずっとステージに立ち続けてきたから、たどり着いた考えだと思っています」と続けた。音楽とパン屋の経営、両立しながら続けてきたことの結果が、地元から愛される店に繋がったようだ。
取材・撮影・文=野崎さおり