かつては墨堤、今はどこ産?今や貴重な国産よもぎ。
東京の草餅といえば墨堤通り沿いにある『志゛満ん草餅(じまんくさもち)』だろう。東武スカイツリーライン東向島駅からも曳舟駅からも徒歩10分程度。このあたりは多くの和菓子店が点在する和菓子好きにはたまらないエリアだ。
明治2年(1869)に隅田川の渡船場横で茶店として創業した当時は、墨堤のよもぎを手摘みして草餅を作っていたそうだ。時代が進むと衛生面からしっかり管理・栽培されたよもぎを使うようになった。2009年に取材でお邪魔した時は、季節により青森や福島をはじめとする東北、房州、伊豆などからよもぎを取り寄せていたが、現在はどうだろう。
4代目店主の鈴木健志さんによれば、東日本大震災後に福島などのよもぎが手に入らなくなり、さらに気候の変化からよもぎが取れない地域が出てきたという。摘み手不足から廃業したよもぎの工場もあるそうだ。
現在は秋田や青森、そして新潟からもわずかだがよもぎが届くが、一番の仕入れ先は北海道だという。よもぎは傷みやすいので、収穫後すぐに送ってもらわないと中から熱を持ち、風味が落ちてしまう。遠く北海道からの輸送となると気を揉むそうだ。国産のよもぎは今や貴重品なのだ。
「あんなし」の草餅のくぼみは何のため?
『志゛満ん草餅』の草餅作りはよもぎを茹でて下処理するところからはじまる。アクが抜け、粗い繊維が除かれたよもぎを上新粉につきこむ。餅米ではなくうるち米の粉である上新粉を使うので歯切れがいい。
草餅は「あんいり」と「あんなし」の2種類あり、俵型の「あんいり」には北海道十勝産小豆でつくる自家製のこし餡が入る。餅7に対して餡3とやや少ないのは、主役の草餅を楽しんでほしいから。渋きりせずに炊く餡は、こしあんとはいえコクがある。よもぎの香りに負けない力強い風味だ。
「あんなし」の方は、真ん中がくぼんだユニークな形をしている。「渡し船を模したのでは」という常連客もいるというが、鈴木さんは渡し船の客が食べ歩きしやすいよう工夫した形だろうと話す。大きなくぼみが白みつときな粉をしっかり受け止めてくれるので、確かに手づかみでも食べやすい。
あんいり、あんなし甲乙付けがたいが、鈴木さんによれば昔から変わらず6:4の割合であんなしが人気だという。爽やかなよもぎの香りが真っ直ぐに伝わってくるのに加えて、甘党でなくても手が伸びるためだろう。
隠れた名物栗きんとんどら焼き。
実は同店には、上新粉でつくる草餅のほか、もち米でつくる草大福もある。コシがあり伸びのよい草大福は逸品だが、手間がかかるため数を作れずすぐに売り切れてしまう。ほかには団子を粒餡で包む「さゝ餅」や「焼だんご」も人気が高いが、同店の餅菓子はどれも日持ちは当日限り。
そんな中で、遠方へ送りたいとの常連客の声を受けて考案された栗きんとんどら焼きは、唯一5日ほど日持ちがする菓子だ。えんどう豆の餡とバター、それから栗の甘煮も挟んだ贅沢などら焼き。皮はふんわりしっとり。全体の甘さはあっさりしていて、えんどう豆の餡とバターの滑らかさとコクが癖になる。
老舗も新店も。和菓子店が点在する街。
帰り際、鈴木さんにこのエリアの魅力を訪ねると、「ゴミゴミしておらず、名所が点在しているのでぷらぷら散歩するのが楽しい街。」それに加えて冒頭で触れたように「老舗の和菓子店も点在していて、散歩がてら立ち寄れる。和菓子が好きな方なら楽しいと思う」とのことだった。
『志゛満ん草餅』から向島百花園経由で東向島駅へ向かえば寺島ナスの和菓子が名物の『菓子遍路一哲』があるし、曳舟駅へ向かえば大福がおいしい『いちや』がある。墨堤通り沿いを進めば『言問団子』や『長命寺桜もち』といった老舗が、さらに進めば菊最中や羊羹で知られる『青柳正家』もある。和菓子好きには夢のような場所だ。
文・撮影=原亜樹子(菓子文化研究家)