赤地に踊る「うまい うまい」の装飾テント
どのくらいの店舗数があの一帯に分布しているのか私にはわかりませんが、工場地帯の街、田園地帯の街問わず、幹線道路をゆけば目の奥が痛むほどの赤地に踊る「うまい うまい」の装飾テントによく出会います。
北関東人なら出会い頭の一瞬で心に火が付いて駐車場に滑り込んでいくところ、海外からゲストが来てもまた同様らしく、ロシア人を連れていったら「ラーショ、ハラショー」と言ったとか言わなかったとか。
ラーショ、塩分の愉楽
さて、まずは入店しましょう。腕組みしたコワモテ店主の写真が店内に掲示されていませんし、私の舌では感受できない天然素材由来の繊細スープを一口すすっては店主の前でコクリうなずく小芝居をする必要もなく、ゴルゴ13かビックコミックを読みながら、ぼんやり丼が供されるのを待つことができます。
待つ間、少しラーショの説明をさせてください。ラーショはれっきとしたチェーン店です。ですが本部の縛りは相当ゆるいようで、基本的なとんこつ醤油のスープ、彫りの浅い丼、店舗デザインなどに一本背骨が通っているものの、あとは背脂が多かったり、とんこつが濃い目だったりと、店舗ごとに相当の振れ幅があるラーメンなのです。整理・分類するマニアではないので私はよく知りませんが、それでも全店共通するのは、舌の根を刺してくる塩分の愉楽。これですよ。
白髪ネギたっぷりの「ネギラーメン」
そしてラーショといえば、なんといっても「ネギラーメン」です。たっぷりの白髪ネギに、店員さんが醤油だれとゴマ油をまぶしつけ、ちゃっちゃっちゃっと、ボウルであえる──とこう書いてるだけでよだれがたれそうになりますな。
──来ました。このネギの立体感。一口すすってコクリなんてやる前に、すぐさま卓上ニンニク、豆板醤、胡椒を思う存分ぶっかけておのれ好みに味を決めてしまって差し支えありません。塩分&塩分。ライスも進みます。ちょっと飽きたらお酢をまわしかけてください。
とこう、一連の流れを想像しているだけで、ソワソワ店に駆けつけたくなってしまうのです。そうそう先日、都会の喧騒を離れ、山奥へキャンプに行ったのですが、一緒にいった面々(過半数が関東の中年男性)と焚火を囲みながら酒を飲み、ゆっくりと人生の深淵について語ろうと思っていたのですが、なんのはずみか「明日はラーショ寄ろう」という話になるや21時過ぎには全員就寝し、翌日朝飯も食わず街場の国道まで降り、最寄りのラーショへ直行したことがありました。森林浴よりも、国道にまきあがる砂埃と卓上おろしニンニクの香りのほうに癒やされる人がしばしばいる。――図らずもそれが証明されてしまったのでした。
あの塩辛い円環のなかに我が身も混ぜてもらう喜び
関東以西ではあまり知られていないと思いますから、そちら方面の方が関東で目にされたなら、試しに一杯いかがでしょうか。ただし、夕方4時には終わってしまう店もありますから注意してくださいよ。なんでそんなに早いかって?「スープがなくなり次第終了」、なのではなくって、朝7時だとか早朝からやっているお店が多いからですよ。
どうしてそんなに早いかって? それはラーショが、物を運ぶ人、工場で働く人、職人さんたち、早朝から汗をながして――いや中には二交代三交代で真夜中働いた人たちも含め、一日の始まりや終わりに塩分とパワーを補給する人たちのために、開けていた歴史があるからですよ。
昭和後期、ラーショの強い塩分と油分は、我々の社会を回す潤滑油になっていたと私は思っています。汗でTシャツに塩を浮かせ、塩辛い汁をすすっては働いてまた汗を流す。あの塩辛い円環のなかに我が身も混ぜてもらう喜び、それも味わってみてください。
文・写真=フリート横田