フォーリーアーティスト 小山吾郎さん
埼玉県毛呂山町出身、 カナダトロント郊外に家族5人で在住。フォーリーとは、 映画やドラマで撮影後に入れる効果音。 フォーリーアーティストは、 身近にある小道具を使ってさまざまな効果音を生み出す。
映画に欠かせないフォーリーアーティストの仕事とは?
小山 : 「フォーリー」とは映画やドラマで使われる、効果音のジャンルです。映像に合わせて、キャラクターの動作音や環境音を録音するのがフォーリーアーティストの仕事。足音や衣擦れの音、教室のざわざわ、キッチンで料理する音、日常にある音を丁寧に再現します。
例えば、足音なら映像を見ながら、靴を履き替えつつ自分で歩いて録音していく、という作業です。
筆者 : お仕事の難しさ、おもしろさは、どんなところにありますか?
小山 : ゾンビ映画やホラー映画では例外もありますが、爆発や銃声と違って、フォーリーは花形の効果音ではありません。例えば、別のサウンドエフェクターがつくる「ドカーン!」という爆発の後に、パラパラと落ちてくる小石の音を加えることで、ぐっと作品のリアリティ、オリジナリティが増します。まったく聴こえないとどこか不自然だけれど、音楽のジャマをしてはいけません。作品やシーンによっても、意図的に演出を加えたり、引いたりする必要があり、バランスが難しいですね。
筆者 : 例えば足音では、キャラクターの感情も表現されているように思います。
小山 : 喜怒哀楽の表現は重要ですし、監督のスタイルや俳優のメッセージを理解する必要があります。シーンの意図、もっと言えば観客の要求を汲んで、ドンピシャリの音を探り当てるのが、この仕事が難しく、おもしろいところです。
アーティストといっても、「これが自分のアートだ」と主張するような仕事ではありません。しかも、うまくやるほど誰にも気にされません。そんなところも好きですね。
筆者 : お仕事柄、身の回りの音にも気を配られているのではないでしょうか?
小山 : はい、身近なものをこすってみたり、スーパーで野菜をコンコン叩いてみたり、これは職業病でしょう(笑)。よく、子供たちから笑われています。
私は埼玉の山の中の出身で今も田舎町に住んでいるので、葉っぱのざわめき、川のせせらぎ、鳥の声など自然の音になじんでいます。しかし、都会の雑踏も大好きです。
世界でもユニークな日本の音
小山 : 私はカナダに30年住んでいるので、外国人の感覚で日本の音を聴いています。
世界の色々な場所を訪れましたが、日本の音は独特です。飛行機から降りた瞬間、ものすごい音圧を感じます。
筆者 : 日本独特とはどんな感覚なのでしょうか?
小山 : 国や都市によって音は違います。人のざわめきも英語と日本語では違って聴こえますし、自動車のエンジン音、トイレを流す音まで、その場所を構成する音があるのです。まとめて言語化するのは難しいですが、なかでも日本は音の種類が多く、そのなかに特徴的なものもあります。
例えば電子音。自動販売機にお金を入れたらい「ピッ」と音が鳴ったり、エレベーターがしゃべっていたり。空港のターミナルを歩いているとワクワクします。
コンビニのチャイムが鳴ったときのうれしいこと! 計算しつくされた天才的な音です!! それがほぼ日本へ来るたびに変わるので、旅の楽しみのひとつになっています。
街へ出れば、「左へ曲がります」とトラックがしゃべっています。交差点で停まっているのを、追いかけてでも聴きたくなります。パチンコ屋さんに入って音を聴いていて、施設の方に注意されることも(笑)。
筆者 : そう言ってくださると、何だかうれしくなってきます。私たちはおもしろい音に囲まれて暮らしているのですね。
小山 : 日本人は音に対する繊細な感覚を持っているのだと思います。
夕方、満員電車に乗ると、一車両に百人以上はいるのに、しゃべっている人がほとんどいません。シーンとした中で、小声の会話が遠くからはっきり聴こえきて、みんなが自然と聞き耳を立てている。奇妙な空間だなあ、と思います。
「ズッ」とお茶漬けやラーメンをすする音なども、私にとってはエキゾチックに感じられます。欧米では音を立てて食べるのはNGですから。日本の落語家さんは、わざわざ音を強調して、蕎麦やうどんを食べるシーンを演じますよね。
筆者 : いつも以上に聞き耳を立てると、散歩もおもしろくなりそうです。
小山 : 人が話したり働いたりする音、足音でわかる地面の感じ、自動車が通る音、樹々や鳥の声など自然の音……。私は聞き耳をたてながら、目的を持たず東京の街を歩き、住民なら誰もが行くお店や、地域ならではの約束ごとなど、人の暮らしを想像しながら楽しんでいます。
筆者 : まさに、しみじみ“聴く”散歩です!
迷子になって聞き耳をたて、“聴く”散歩をしてみた
「“見たいものがある”ということは、“すでにそれを知っている”ということ。向こうから目や耳に入ってくる、知らないもののなかに、おもしろい出会いがある」と小山さん。東京に来ると、偶然の出会いを求めて、わざと知らない道に迷い込むという。
早速マネして、周囲の音を注意深く拾いながら、迷子になってみた。聞き慣れない金属音を追って小道を入ると、廃校の解体現場に遭遇。校舎に空いた大きな穴、重機の乾いた音が、なぜか子供たちでにぎわう往時の光景が思い起こさせる。
よく知る東京の下町で、儚さ、切なさ、懐かしさ、複雑な感情が広がるしみじみタイムを体験した。
取材・文・撮影=小越建典