独立から16年目で学び直した豚骨スープは継ぎ足し熟成。

『ラーメン 健太』があるのは、高円寺あづま通り商店街でも早稲田通りに近いあたり。テント素材のひさしには「サンコー」とあって、大胆な書体の看板はその上に。店は全面ガラス戸だから中に目をやれば誰もがラーメン屋だとわかるけれど、どういうことなのだろう。

「サンコーは、もともと大家さんがやりよった店。俺は、そういうのはどうでもいいタイプだから消さずにやっとる」と店主の横尾健太さん。時折福岡弁が混ざる。

健太さんは、福岡の屋台で3年ほど働いたのち、どうせなら東京でやってみようと上京し、若干23歳で高円寺の早稲田通り沿いに店を構えた。その後今の場所に移転し、現在の営業スタイルになったのは2021年3月から。それまでは夜だけ営業していて、おでんや餃子も出しながら〆のラーメンが売りの居酒屋のような店だった。

そして訪れたコロナ禍。店主はこの機会に改めてラーメンを勉強し直そうと地元福岡の人気店『駒や』の門を叩いた。継ぎ足しながらスープを作る“呼び戻し”の手法を学ぶためだ。

ラーメン800円。メニューは他にネギ、トゥルトゥル、替え玉、半替え玉のみと潔い。
ラーメン800円。メニューは他にネギ、トゥルトゥル、替え玉、半替え玉のみと潔い。

「今、作っているのは自分の好きなラーメン」と話すその一杯。まずはと、スープを口にすると、塩味の中にはっきり感じるのは甘み。砂糖やみりんの甘さとは違う。

「この甘さは、豚骨から出るアミノ酸の一種でプロリンっていうやつ。継ぎ足して熟成させていたら結果的に甘みが増えたんやね」。熟成によってアミノ酸が増え、スープに味の深みをもたらした。成分分析を専門機関に依頼したら、アミノ酸の量が驚くほど多かったそうだ。

泡立つスープ。もちろん灰汁(あく)ではない。泡が多いほど豚骨が頑張っているいいスープなのだ。
泡立つスープ。もちろん灰汁(あく)ではない。泡が多いほど豚骨が頑張っているいいスープなのだ。

熟成によってアミノ酸がもたらすスープの旨味は、独特の発酵臭も生む。もっと臭いラーメンを作ることも『駒や』修業の目的だった。そして、今の本格的な“くさうま”が生まれ、その臭いと味でこれまで以上に人気に火がついた。

匂いとは裏腹なさらりとしたスープは、豚骨ががんばるとよりおいしく。

スープは透明。なぜか甘い。
スープは透明。なぜか甘い。

豚骨というとこってり濃厚なイメージもあるが、『ラーメン健太』のスープはさらりとしている。泡が浮いているが白濁しているわけでもない。寸胴鍋の中でゲンコツを炊き、火を入れては冷まし、熟成させるうちに泡が出て、その状態は営業中にも変化する。店主曰く「豚骨ががんばっている」と泡がたくさん出てスープの状態がいい。ただし100%コントロールできるものでもないそうだ。

健太さんが好きな地元のラーメン店と同じ製麺所から仕入れた丸い細麺ストレート。
健太さんが好きな地元のラーメン店と同じ製麺所から仕入れた丸い細麺ストレート。

麺は、丸い細麺ストレート。福岡の製麺所から取り寄せている。もう1つ福岡から取り寄せているのは、青ネギだ。福岡県朝倉地区で作られているもので、鮮やかな緑が特徴。トゥルトゥルと呼ばれる中身なしのワンタンの皮は、近所の有名店『はやしまる』の自家製を仕入れている。トゥルトゥルは健太さんの命名だ。

スープの寸胴鍋は2つを使い分けていて、大きい方で8割完成させたあと、左の鍋で仕上げる。火に掛けている間は、7分から8分間隔で沈んでいる骨ごとかき混ぜる。
スープの寸胴鍋は2つを使い分けていて、大きい方で8割完成させたあと、左の鍋で仕上げる。火に掛けている間は、7分から8分間隔で沈んでいる骨ごとかき混ぜる。

昼12時から営業を始め、スープがなくなるのは15時ぐらい。営業時間は3時間ほどだが、スープの手入れや仕込みで、朝8時から夜20時ぐらいまで店で作業している。「儲かるけん、ラーメンやっとるわけやない。好きやないとできんね」としみじみ。

健太さんは自分のラーメンを毎日食べるほどのラーメン好きだが、お客さん思いでもある。店内には「作業中でも遠慮なく、声をかけてください」という張り紙。

細麺で食べやすい『ラーメン 健太』では8割近い客が替え玉を頼むが、1人で店を回す店主に声をかけづらい人も多いよう。「スープの温度も下がるけん、替え玉は早く出してあげたい。だって、俺はラーメン食う時はそうやもんね」。最初から最後の一杯まで同じ気持ちと丁寧さで作っていると大真面目な顔で話す。

ラーメン専門のイラストレーターで漫画家の青山健さん来店時に書いてくれたもの。
ラーメン専門のイラストレーターで漫画家の青山健さん来店時に書いてくれたもの。

営業開始が早まる日や、いつも以上に早いペースでスープがなくなる時はまめにSNSで発信しているのでチェックしてほしいとのこと。一度食べるとクセになるとは、このことかと思う一杯。週末に限らず並ぶ心づもりで向かうのをおすすめする。

住所:東京都中野区大和町1-66-6/営業時間:12:00~ スープ売り切れ次第終了/定休日:月/アクセス:JR中央本線高円寺駅から徒歩7分

取材・撮影・文=野崎さおり