半世紀近く家族が受け継ぎ、育ててきたラーメン屋という家業。看板メニューは火の鳥辛口味噌
『自家製麺 火の鳥73』は高円寺駅南口から歩いて1分ほど。パル商店街の1本手前の細い路地に面している。初代が1973年に屋台でラーメンを売り始めたことに記念して、店名に73と付けている。“火の鳥”の由来は? と尋ねてみると「手塚治虫さんのファンだったみたいです」とのこと。漫画『火の鳥』の単行本も店内に並ぶ。
20年以上店を構えていた石神井公園から高円寺に移転したのが2010年。初代の娘婿にあたる浅羽範彦さんはその頃義弟が中心だったという店を手伝うようになり、2018年から店主に。「妻の父の代では、お祖父さんが製麺を担当していたそうです」というから、もう半世紀近く家族がそれぞれの役割でラーメン店という家業を守ってきたことになる。
看板メニューは、初代が石神井公園に店を構えた頃から火の鳥辛口味噌。味噌に合わせるのは、初代が考案した焦がし唐辛子だ。唐辛子はミキサーで細かく砕いたあと、少ない油で徐々に温めて、最終的に赤黒くなるまで色づける。「ある程度黒くなっても苦味がないのが唐辛子のおもしろいところですね」と浅羽さん。この香ばしさにハマる人が多いのだとか。
火の鳥辛口味噌が出されると、まず花山椒の香りが食欲を刺激する。中細の自家製麺はコシがあって小麦の風味も感じる。とろみのあるスープとの相性もいい。
スープは辛口というが、辛さが苦手な人でも食べられる程よいレベルだ。もう少し辛さが欲しいなら卓上の焦がし唐辛子を少量加えてみてほしい。全体にシャープさが加わる。
チャーシューはモモ肉とバラ肉の2種類。盛り付ける前にフライパンで温めながらバーナーで焼き付けて香ばしさを出している。とろっと柔らかいバラ肉の甘みに、モモ肉の肉らしい食感と旨味のコントラスト。どちらも食べられるのは得した気分だ。たっぷり盛ったネギもシャキシャキなのがいい。
ただ、ラーメンに限らず辛い食べ物には、もっと辛いものが食べたいというお客さんが現れるもの。初代は辛い一杯を求める人には、焦がし唐辛子を多めに入れていたというが、高円寺に移ってきてからはそれでは物足りないという人が続出。ハバネロを用意し、初級中級上級と3段階に分けた。しかしチャレンジャーたちは、さらなる辛さを求める。
それならば、と飛び抜けて辛い唐辛子として有名なキャロライナ・リーパーとブートジョロキアも組み合わせた激辛親分と激辛子分もラインナップ。この激辛味噌らーめんを目当てに訪れる客も少なくないが、「下手に手を出すとダメージを喰らいますよ」とのこと。チャレンジしたい辛いもの好きは心してほしい。
現店主が3年をかけてスープをブラッシュアップ。旨味の残る鰹節、差し上げます
カウンターに座ると気がつくのが「猫ちゃんにプレゼント」と描かれた貼り紙だ。スープに使っている厚削りのカツオ・サバ・イワシが、旨味が残っていてもったいないから、猫を飼っている人に譲ることにしたというのだ。これは2018年から浅羽さんが店主として店を切り盛りするようになった後「プロとしてちゃんとした旨みにチャレンジしたい」と改良にチャレンジしてきたことの副産物なのだ。
スープは義父の味を知る常連客に違和感がないように気を配りつつ、無化調・無添加の味を追求。豚のゲンコツと鶏ガラは、かつては1つの寸胴でガンガンと煮込んでいたが、今はそれぞれに適した炊き方に分けている。昆布と鰹やサバ、イワシから一番出汁を贅沢にとるようになった。
味噌も4種類をブレンド、甘みは古式みりんを使うなど、素材を吟味し、手をかけるようにしている。その努力が実り「今までの中では最高の出来で、安定してきた」と自負していて、お客さんにも好評だ。
家族から受け継いできたコシのある自家製麺もおいしくなるように試行錯誤。有名店が使うことで知られるかちどき製粉の最上級品の小麦粉に、塩、かん水、水だけと材料はシンプルなままで、製麺機も石神井公園の店で義祖父が使っていたものを使い続けつつ、さらに滑らかな麺を目指してきた。
石神井公園時代からのお客さんも含めて、常連客に支えられてきてありがたいと話す一方で「高円寺に遊びにきた人に『火の鳥』でラーメン食べようと言ってもらえるようなお店にしたい」と浅羽さんは明るい話しぶりで意欲を燃やす。家族で繋いできた味に現店主の向上心が加わった一杯、試してみてはどうだろうか。
取材・撮影・文=野崎さおり