現役フレンチシェフが仕掛けた新感覚ラーメンの魅力
神保町というエリアと書家が書いたロゴ。そして外観などから、本格派のラーメン店を想像したとしたら大きな間違いだ。『海老丸らーめん』は、現役フレンチシェフが「フレンチとラーメンの融合」をテーマに作り上げた個性派の雄。フランス料理で磨いた感性や世界観でラーメンの味を紡ぐのではなく、フランス料理の素材や技術、レシピを使って新しい味を創造し、ラーメン通はもちろん、これまでラーメンに縁遠かった人をも虜にしてしまう新感覚のラーメン屋なのだ。
多い日は70人ほどの行列ができる人気店だが、2017年秋のオープン当初から順風満帆だったわけではない。
──オマール海老のビスクスープを使ったラーメンってウケそうじゃない?
得意なものから始めればいいという発想からスタートした店は、翌年の春まで客がまったく入らなかった。
「ラーメンは酒を飲んだあとに小腹に入れるもの」。その程度の認識で作ったラーメンが客の心に響くわけがない。
「ラーメンの魅力をわかってなかったんですよね」
そう語るのは、店主のmasaさん。料理の技術はあっても、ラーメンという料理を追求してこなかった。麺とスープの相性なんて考えたことがなかったし、チャーシューをのせようという発想すらなかった。当然のことながら、SNSには辛辣なコメントが並び始める。これを重く受け止めたmasaさんは、ラーメンの研究に着手。本を読みあさり、おいしいラーメンを食べ歩き、独自の方程式を組み立て、ゼロから味を作り直したという。
とびきりおいしいラーメンが完成したところで、ラーメン界のインフルエンサー的な人たちに、SNSで片っ端からダイレクトメッセージを送ってみた。すると、10人ほどが生まれ変わった『海老丸らーめん』を訪れ、SNSで発信してくれたという。
「ようやく胸を張ってお客様に出せるラーメンのレベルに達した。落とし穴から這い上がれたのは、SNSのおかげですね」
masaさんは、謙虚さと余裕が感じられる笑顔を見せた。
こんな味を待っていた!! 元祖海老丸らーめんの贅沢すぎる味に舌鼓
長年料理店を切り盛りしてきたシェフのこだわりは生半可じゃない。看板メニューは、元祖海老丸らーめん。おいしさの決め手は、カナダ産のオマール海老や野菜をブランデーやハーブ、スパイスと一緒にフランス料理の技術で長時間煮込んだ、とろみのある濃厚スープにある。以前はこのビスクスープに、丸鶏やモミジをベースに15時間かけて作り上げた鶏白湯スープを使用していたが、現在はチャーシュー以外の肉を使っていない。チャーシューは、スペイン産の豚肉を低温でじっくり真空調理しているので、オマール海老の風味を損なうことなく味わうことができる。
気になる麺には、国産小麦100%のがっしり太麺を採用。スープとの絡みもよく、もちっとした食感もたまらない。
元祖海老丸らーめんは、4つの味変をたのしむことができる。一つ目は、バケットにのったサワークリームによる味の変化だ。スープに溶かすとまろやかさが際立つが、口直しにそのまま食べる人もいるようだ。二つ目は、海老の風味が生きた自家製ラー油。こちらは加えた瞬間にアジアンテイストにガラリと変わる。三つ目は、オリジナルのカレースパイス。こちらもビスクスープとの相性が抜群だ。最後は、ブラックペッパー。より深みのあるコクがたのしめる。
残ったスープを注いで完成する〆のリゾットもはずせない
残ったスープは飲み干したくなる味だが、サイドメニューである〆のリゾットにかけていただくのが定番だ。リゾットといっても水分は少なめ。鍋で煮立たせるのではなく、陶器製の小鍋に入れてオーブンで300度の温度で加熱後、卵黄と小エビをプラス。この上から残ったスープをスプーンでかけると、陶器鍋の予熱でスープがジュウっと煮立ち始める。さらに上からチーズをふりかけ、お好みでブラックペッパーを振っていただく。
これはヤバい。ラーメンのスープと小エビの風味、卵黄、チーズが混じり合って最高に美味。しかも贅沢な気分に浸れる。
濃厚なのにもたれないのは、肉を使っていないせいかもしれない。この〆はマストだ。
フレンチとラーメンが見事に融合した個性派レシピは、今も少しずつ変化している。店内でも、「次回お越しの際には何か変っているかもしれませんが、ご了承ください」とのメモ書きを目にすることができるが、何かが変化したとしても、それは進化しかありえない。
定番メニューの進化もたのしみだが、コアなファンは週1ペースで展開する限定メニューを待ちわびているそうだ。とんでもなくレアな食材を使った贅沢なラーメンが登場する日もあるので、お店のSNSをチェックしてみては。
構成=フリート 取材・文・撮影=村岡真理子