“茶館”という名前に込めた社交と思いを巡らせる場所のあり方
モードファッションの最先端を行くビルの裏口と老舗の洋食店が向かい合う銀座6丁目。ここにもこんな古いビルがあったのかと、装飾の施された壁をよく見ると、古く見えるようにあちこちにエージングがかけられているのだ。その2階にある店が『千年茶館』だ。ドアを開けると、ただならぬ雰囲気が漂っている。
『千年茶館』の始まりは2000年。中国風の一軒家として白金台に店を構えた。中国茶に魅せられたオーナーが“茶館”と名付けたのは、中国や台湾にある庭に池まであるような店を意識してのこと。本場の茶館ではお茶を飲むだけでなく、点心を食べたり、庭を眺めたり、中には居合わせた人とさまざまな話をして1日を過ごすような人もいるという。
「あちらの茶館では、いろんな人が集まって思いのままに話をしています。東京にもどんな意見も遠慮なく話せるような場所があったらいいなと思いました。ただ、銀座の店は狭いから誰かと話すよりは、1人か2人で思いを巡らせるような場所になればと思ってね」とオーナー。
「今日のお菓子」と厳選コーヒーとの出合いが一般客の受け入れへ
『千年茶館』が白金台から銀座に移転したのは2016年のこと。当初は会員限定だったが、2020年10月に一般客も入れるように方向転換。これは2つの出会いがあって実現した。
ひとつはスイーツ好きの間で幻とも言われる『COH』が作るカヌレとの出合いだ。銀座にあるこの店のカヌレは、食通の間でも有名だが住所や電話番号は非公開。予約するのも簡単ではない。初めて食べた『COH』のカヌレに感動したオーナーが何度も懇願した結果、現在は「今日のお菓子」として『千年茶館』で提供されている。
「本場で茶館に入ったら、1人数千円は払います。選ぶお茶によっては何万円ということもある。それに比べると、日本茶はおもてなしやサービスの一部として無料でしょう? 日本でお茶を作っている人たちは、どんな気候や状況でも手を抜かずにおいしいお茶を作っている。もっと評価されていい」というのがオーナーの考えだ。自ら日本の産地を訪ねて選んだ、和紅茶と呼ばれる紅茶や烏龍茶もメニューに入れている。
初めてだと出てきたお茶セットをどうしたらいいかわからないと思うが、『千年茶館』では台湾式工夫茶器という台湾の道具でスタッフがお茶を淹れてくれる。
実は右側手前に置かれた茶杯に伏せられた筒状の器、聞香杯(もんこうはい)の中にお茶が入っているのだ。
茶杯から聞香杯を持ち上げて、空になった聞香杯に鼻を近づけるようにすすめられた。聞香杯は香りを嗅ぐためだけのものだが、お茶の香りを楽しむ道具としては優れているとオーナー。小さな器のなかに閉じ込められた香りがストレートに感じられて、香りを嗅ぐことに集中できるから不思議だ。
メニューに書かれたお茶は5種類。そのうち2つは国産だ。宮崎で作られている烏龍茶は浅く発酵していて、薄い緑。香りも繊細だ。2煎目は目の前で急須から注がれるので、今度は急須に残った茶葉の香りも嗅いでみる。最初に聞香杯で嗅いだ香りとは若干違うのもおもしろい。
静岡で生産されている和紅茶は、同じように台湾式工夫茶器で淹れられ、聞香杯に鼻を近づけるとずっと嗅いでいたくなってしまいそうなほど強く香る。香りを後付けした茶葉ではないというから、丁寧に作られた和紅茶は台湾式工夫茶器を使った淹れ方と相性がいいのだろう。
産地や製法、お湯の温度や抽出時間など、こだわればこだわるほどおいしいお茶が飲めると考える人もいるが、オーナーは「とにかく飲んでみて欲しい。自由に飲んでも、そのよさはわかるはずだから」と話す。
お茶とコーヒーの人気は、ちょうど半々。男女の比率も4対6ほど。『COH』のカヌレを目当てにスイーツ好きの男性が2人連れでやってくることも珍しくないというのも興味深い。
「上海の怪しいビルがコンセプト」とオーナーはいうが、中国や台湾にあった看板や額、建具など調度品がセンスよく置かれている。インテリアに興味がある人にとってもたまらないだろう。頭を空っぽにしたいときほど『千年茶館』を訪れてお茶とその香りを味わってみるのもよさそうだ。
※変更の可能性あり/定休日:月・火/アクセス:地下鉄銀座駅から徒歩1分
取材・撮影・文=野崎さおり