岩手県盛岡市生まれ。公私ともに17年以上、日本酒を呑みつづけ、全国の酒蔵や酒場を取材し、数々の週刊誌や月刊誌「dancyu」「散歩の達人」などで執筆。日本酒セミナーの講師としても活動中。著書に『蔵を継ぐ』(双葉文庫)、『いつも、日本酒のことばかり。』(イースト・プレス)
『蔵を継ぐ』メンバーと久々に画面ごしで再会
私と親交が深い同世代の蔵元たちの、蔵を継ぐまでの物語を書いた本書。登場するのは、「冩樂」(福島)、「廣戸川」(福島)、「白隠正宗」(静岡)、「十六代九郎右衛門」(長野)、「仙禽」(栃木)です。
実は、いつも遠慮なく本音を言う私は、古い体質の日本酒業界ではおそらくちょっと浮いた存在なので、集団が苦手なことも手伝い、いかにも業界然とした建前だけの付き合いは避けがちです。しかし、彼らは別格。いつ会っても素直に本音を語り合える貴重な存在で、2015年に本書(単行本)を発売して以降、今まで以上に、切磋琢磨できる同志そして同級生のような付き合いを続けています。
今回、初めて開催したZoom飲み会でも(諸事情で「十六代九郎右衛門」と「仙禽」は本人たちいわく泣く泣く欠席)バッチバチに飛び出す本音の嵐で、酒が進んで仕方がありません。出版のお祝いにと5蔵が送ってくれた日本酒を、代わる代わる目を細めながら飲み続ける私です。
うれしかったのは、このコロナ禍で一時、売り上げが落ちたものの、現在、彼らの蔵はだいぶ数字が戻り、出荷量は少しずつ右肩上がりになってきていると聞いたことでした。まだまだ先行き不安なコロナ禍ですが、日本酒業界全体が苦境に喘ぎ、明るいニュースがほとんどない状況で知った、彼らの健闘ぶりを我が事のように喜ぶ私。愚直に酒質を磨いてきた成果を目の当たりにして、胸が熱くなります。
前回の連載でも書いたように、私と同じく世間の多くの飲み手は“味”で酒を選んでいるからでしょう。何かを仕掛けるような奇異な酒をつくったり、目立った宣伝活動をしていない彼らの酒ですが、やはり、おいしければちゃんと売れるのです。
「理念を曲げず地道においしい酒を追求し、自分の考えをしっかり伝えながらコツコツ売ってきた結果ですよね。ふだんの行いがいかに大切か痛感しています」
そう話す、「白隠正宗」の蔵元杜氏である高嶋一孝さんの言葉に深くうなずく一同です。
5蔵の酒を引き立てるつまみをつくる
創業当時から受け継ぐ銘柄の「宮泉」の洗練された甘みと酸味。「廣戸川」の豊かな旨味とタイトな余韻。ドライでシャープな清々しい味の「白隠正宗」に、ミルキーで柔らかい「十六代九郎右衛門」。そして、マスカットのような甘酸っぱいポップな酒質の「仙禽」などの多彩な日本酒たち。今回は酒を主役にしたかったので、つまみはごくシンプルなものを合わせました。
それが、マグロの漬けです。ポイントは日本酒を入れること。箸休めにもつまみにもなる、キュウリやトマト、カマボコ、海苔なども添えますよ。
マグロのブツ1パック、醤油、飲む日本酒、カマボコ、キュウリ、トマト、海苔、写真にはありませんが醸造酢を小さじ1くらい、わさびをお好みで。
マグロは食べやすいサイズに切ってボウルに入れ、日本酒(今回は「宮泉」を使用)をおちょこ一杯ぶんくらい注ぎます。
このようにマグロが浸るくらい醤油も注ぎ、軽く混ぜ合わせて数分放置し、マグロの漬けは完成。
キュウリを千切りにし、トマトは輪切りに。マグロの漬けダレを注ぎ、小さじ1くらいの酢も入れて酢の物にします。
大きめの皿にマグロの漬けやカマボコ、海苔、わさびなどを盛りつけます。たまたま冷蔵庫にあった、『鈴廣』のわさび漬けも一緒に乗せました。
トマトとキュウリの酢の物はいい箸休めになりますよ。
こんな感じに並べて完成。見ているだけでまた飲みたくなります(「白隠正宗」は2種類あったので他の酒も載せてみました)。
というわけで、多忙な面々が集ったZoom飲み会ですが、せっかくの貴重な機会なので、彼らを紹介しますね。
先ほども登場した、「つくるより飲むのが好き」と豪語するほど飲んべえの高嶋さん。大酒飲みのつくり手らしく、後味がドライでたくさん飲める“深くて軽い”日本酒を追求中。気がつけばアレっという間に瓶が空になる、飲ませ上手な日本酒です。
おすすめの飲み方は燗酒ですが、日本酒を蒸す“蒸し燗”を提唱した第一人者で、自らをスチームボーイと呼んでいます。自身は現役のDJということもあり、音楽業界でも「白隠正宗」のファンが多数。今回、彼が用意したつまみは、海苔とカマボコ、ところてんなど。まさかのつまみかぶりに笑ってしまいました。実は、私とつまみの好みが似ている蔵元なんです。
「廣戸川」の杜氏であり次期蔵元の松崎祐行さん。福島の若手の中でも常に注目されるつくり手です。近年、麹室と瓶詰め場を新築し、酒質をさらに改良。もともと平らで淡い味でしたが、深みが増し、抑揚のある表情豊かな酒に進化させました。昨年、結婚し、公私ともに順調な松崎さん。これから蔵元としてどう成長していくのかも楽しみですね。
手に取るのは好物だというプリングルス。それを頬張りながら「最近、炭水化物を控えているんすよね」との発言に一同爆笑。つかさず高嶋さんから「プリングルスって炭水化物のかたまりだよ!」とツッコミが。おっとりとした天然系の癒やしキャラも人気の秘密です。
冷奴とキムチもやしをつまみながら、好物のビールと日本酒を交互に飲んでいた「冩樂(宮泉)」の蔵元杜氏である宮森義弘さん。日本酒は“鮮度が命”がモットーで、とりわけ酒ができた後の上槽(酒をしぼる)や火入れ(加熱殺菌)、瓶詰めなど、酒の鮮度に影響を与える工程(冷酒タイプをつくる場合はここをおろそかにすると酒が劣化する)に並並ならぬ力を入れています。
常日頃「旨いと言ってもらえる自信がある」と話しているだけあり、酒質の高さは業界随一。高温や光など、環境によってすぐに劣化しやすい日本酒ですが、彼の酒はおいしく飲める“飲み頃”が長いところも魅力。ぜひ上質な甘みにうっとりしてください。酒のプロにも長く支持されている日本酒です。
さて、夕方からはじまったズーム飲み会でしたが、深夜まで酒も話も止まらず、気がつけば目がかすむほどペロンペロンに酔ってしまいます。個性豊かな5蔵の日本酒に、つま先から頭のてっぺんまで浸りに浸った幸せな夜でした。
写真・文=山内聖子