Profile:山内聖子
呑む文筆家・唎酒師
岩手県盛岡市生まれ。公私ともに17年以上、日本酒を呑みつづけ、全国の酒蔵や酒場を取材し、数々の週刊誌や月刊誌「dancyu」「散歩の達人」などで執筆。日本酒セミナーの講師としても活動中。著書に『蔵を継ぐ』(双葉社)、『いつも、日本酒のことばかり。』(イースト・プレス)

おそらく昭和時代まで日本酒とは、自宅のそこらへんにあるものでした。台所のシンクの下やちゃぶ台の横などに転がっていて、毎晩、当たり前のように手を伸ばし、食卓に並ぶありふれた総菜をつまみにして飲む酒だったはずです。

ところが今はどうでしょうか。

さまざまな要因が複雑に絡みあっていますが、日本酒は毎年おいしくなっているのに消費量は減りつづけ、愛好家でもないかぎり、誰かに進物としてもらわなければ、自宅に日本酒を置く人は少ないです。冷蔵庫に缶チューハイはあっても日本酒はない、という日本人の日常が当たり前になっています。

コロナ禍で、日本酒を提供する多くの飲食店が休業を余儀なくされたとき、蔵元さんたちに聞いてわかったのは、世間で評価されている人気銘柄ほど数字が落ち込んだという事実でした。人気銘柄は買える場所が限られているということもありますが、本気で探せば手に入れることは取りたててむずかしくないでしょう。

ということを考えると、もはや、おいしい日本酒は外で飲むものであり、自宅の晩酌に登場する機会がいかに減っていたのか。前からうすうす感じていたものの、ほぼ半生を日本酒とともに生きてきた私は、知りたくない現実をいっきに突きつけられて悲しくなり、今も想像しただけで胸がしくしくと痛みます。

日本酒はもっとも肩の力がぬける酒

日本酒を自宅で飲まないなんて、日本酒の世界観や魅力を半分も知らないで終わるようなものです。多少のひいき目はあるかもしれませんが、日本酒とは、もっとも肩の力がぬけるお酒であり、自宅で飲むのにぴったりなアルコールだと思うからです。

日本酒を歌った代表曲と呼びたい、八代亜紀が歌う“舟歌”の一節にあるでしょう。

「しみじみ飲めばしみじみと」

そう、この歌詞のようにしみじみさせてくれるところが、日本酒の長所です。日本人が長い年月をかけて味わってきた米が原料の日本酒は、たとえどんなに酒質が進化しようと、飲めば体になじみ、気持ちがしみじみしてきませんか。よく、「日本酒は酔いやすい」と言う人が多いのですが、それは、他のお酒に比べてアルコール度数が高いという理由だけではなく、米が体になじみやすい日本人の体質が関係しているのではないかと、私は秘かに思っているくらいです。

他の酒は、どちらかというと酔いが上半身を高揚させますが、日本酒は酔いが下におりてきてほどよく飲めば(まあこれがいちばんむずかしいのですが)鎮静の作用があり、しみじみするだけではなく、腰を落ちつけてダラダラもしたくなってしまう。だからこそ、飲みすぎると他の酒以上に体にずっしり残りやすい欠点もあるのですが、仕事を終えてホッとしたい自宅であればなおさら、1日の終わりは日本酒でひと息つきたくなってしまうんです。

白いごはんに合うものはなんでも

つまみを選ばないのも、日本酒の魅力ではないでしょうか。日本酒業界では料理と日本酒を一対一でマッチングさせるペアリングが流行っていますが、それは主に非日常として外食で楽しむ世界ですよね。知識欲や脳は満足させられても、体がのびのびとリラックスする飲み方ではないので、宅飲みには向かないと少なくとも私は思っています。

私は、外部から好みや定義みたいなものを押しつけられたり、いちいち考えながら飲むのがめんどうくさい性分だということもありますが、自宅の晩酌では余計な情報をシャットアウトし、頭をからっぽにして日本酒を感じながら、全身で気持ちよく酔いたいのです。なので、この酒とこのつまみはなんとなく相性がよさそうだから試してみよう、くらいのゆるい合わせ方でいいんじゃないでしょうか。そもそも、厳密に合うつまみを根詰めて考えなくても、日本酒はおいしく飲める酒です。

家庭にあるものでじゅうぶんですし、米の酒なのですから、白いごはんに合うものはもうなんでも。塩をなめながら、茹でた野菜や海苔をそのままかじったっていい。そう考えると、つまみの幅は無限大です。

ただ、私がつまみをつくるときに気をつけているのは、味を重ねすぎないことです。ごはんがすすむ味と紙一重なのですが、調味料の数も量も最小限に、素材を生かした味つけにしたほうが、日本酒の旨味や甘さなどのおいしさが引き立ち、飲み疲れも飲み飽きもしません。

つまるところ、日々の晩酌でいかに自分を飲ませることができるのか。そんなつまみはなんなのかを日々考えながら、スーパーや八百屋をいつもウロウロしているのですが、今回は、寒い時期が旬のぷっくりした牡蠣と太くて立派なネギが目についたので、とりあえず購入することに。さて、どう調理しましょう。

牡蠣と太ネギのカレー南蛮(ぬき)をつまみに。

牡蠣とネギを抱えて、刺すように冷たい風をまといながら歩く帰り道。ちょうど蕎麦屋さんの前を通り過ぎたら、かつおだしのいい香りがしてきて、私はいてもたってもいられず足早に帰宅し、牡蠣と太ネギのカレー南蛮(私はカレー南蛮そばが大好物なのです)の“ぬき”をつくることに。 “ぬき”とは、蕎麦屋さんにある(でも絶対に蕎麦を食べてほしい店では注文を断られることも)蕎麦を入れない汁物のことを言いますがですが、“ぬき”は匂いごとおいしくて日本酒によく合うんです。もちろん、プロの味には叶いませんが、それに近いものだったら簡単にできるのでご紹介していきますね。

材料は、牡蠣、ネギ、冷蔵庫に残っていたエノキ。調味料は、ごま油、無添加のめんつゆ(私はにんべんゴールドを愛用)、塩、カレー粉、片栗粉。

まずは、ネギをざっくりと切り、青い部分は最後にあしらうのでみじん切りに。牡蠣は洗ってからおいしい日本酒を(できれば飲むお酒で)ふりかけて置いておきます。

ネギの匂いで飲む。

小鍋にごま油を少々たらし、まずは塩をちょっとだけ振ったネギを焼きます。

私は、この香ばしい匂いでさっそく一杯。う〜ん、匂いで飲めるとはまさにこのこと。ネギを焼く匂いって、なぜこんなに酒飲みの心をくすぐるのでしょう。

今回は、先日、蔵元が送ってくれた、できたてピカピカの熊本の新酒「花の香」を開封しました。可憐な香りと透明感がある、すがすがしい味の日本酒です。

さて、ネギに焼き色がついてきたらエノキを入れ、水を注いで(私は汁多めが好みなのでやや多めに)めんつゆをふた回し半ほどかけて蓋をし、少し煮ます。

エノキがくったりしてきたら、だしを味見して味が足りなければめんつゆを加え、好みの量のカレー粉を入れて味を調えます。片栗粉でとろみをつけたら、最後に牡蠣を酒ごと加えて蓋をし、牡蠣が縮んで硬くならない程度に煮て完成。食べる直前に蓋をあけたら、あらかじめ刻んでおいた青ネギをあしらってくださいね。

ネギはとろとろと甘く、牡蠣はぷりぷりでやわらかい。出汁の匂いもたまらず、つい日本酒に手が伸びてしまいます。「花の香」のように、この時期に出回るフレッシュでまだ硬さがある新酒は、牡蠣のミネラル感と磯の風味によくなじみます。

私は夜、炭水化物を控えているので具と汁だけをつまみにしますが、締めに蕎麦を入れてもおいしいですよ。

最初はかっこつけて(写真が載りますからね)小さい猪口で飲んでいましたが、だんだん注ぎ足すのがめんどうになり、大ぶりのぐい呑みに変えてさらにぐびぐび。すっかり気持ちよく酔い、この後、ゴロンと横になってダラダラしてしまったのは言うまでもありません。

(次回へつづく)

写真・文=山内聖子

こんばんは、山内聖子です。私は、趣味が日本酒、仕事も日本酒の物書きです。長い間、日本酒のことばかりを考えて毎日を過ごしているのですが、このコラムは、そんな私が偏愛するあらゆる日本酒の話と、日本酒を飲みたくなるつまみの簡単なレシピを、毎回ひとりごとのように紹介する記事です。今回は、今の季節に日本酒の主役となる新酒について改めて考えみました。しばし、ひとりごとにおつきあいいただけたらうれしいです。
こんばんは、山内聖子です。私は、趣味が日本酒、仕事も日本酒の物書きです。長い間、日本酒のことばかりを考えて毎日を過ごしているのですが、このコラムは、そんな私が偏愛するあらゆる日本酒の話と、日本酒を飲みたくなるつまみの簡単なレシピを、毎回ひとりごとのように紹介する記事です。今回は、寒い季節にはたまらない汁物をつまみにする話です。しばし、ひとりごとにおつきあいいただけたらうれしいです。
こんばんは、山内聖子です。私は、趣味が日本酒、仕事も日本酒の物書きです。長い間、日本酒のことばかりを考えて毎日を過ごしているのですが、このコラムは、そんな私が偏愛するあらゆる日本酒の話と、日本酒を飲みたくなるつまみの簡単なレシピを、毎回ひとりごとのように紹介する記事です。今回は、よりおいしく飲むために、日本酒の性格が活きる“場”をつらつらと考えてみました。しばし、ひとりごとにおつきあいいただけたらうれしいです。
『散歩の達人』本誌では毎月、「今月のサンポマスター本」と称して編集部おすすめの本を紹介している。外出を控えなければいけない今、家でじっくり本を読もうと思っている方も多いのではないだろうか。というわけで、今回は2020年8月号に書評を掲載した“サンポマスター本”4冊を紹介する。