隅田川テラスに向かって歩きます。
途中の建物に目が吸い寄せられる。
左は理容店みたい。右は何のお店だろう。

あとから調べると、やはり有名な建物でした。
右は「マルサン三軒屋」といって、元々は洋品店で、現在は鰹節などを扱っている。
左は「カットハウス松原」

特に左の建物は、中央区のホームページにも載っていました。
https://www.city.chuo.lg.jp/a0052/bunkakankou/bunka/kyodoshiryokan/kindai_kentikubutu_tyousa/kindai23.html

「3階建てマンサード屋根の看板建築で、内部はメゾネット形式の長屋
隣の看板建築と並んで群としてよく残り、歴史的な景観を形成している」とあります。
道の向こうからもオーラを感じました。

隅田川テラスです。
天気のよい日で、開放感がすごい。

どちらかと言えば多摩川系の住人の私たちには、隅田川の景色は新鮮。
対岸は月島のビル群。船はどんどん通るし、写真に写っているのは月島川の水門です。

「隅田川って歴史を感じる。多摩川より格上な感じ」
「いやいや、多摩川には多摩川の良さが」

護岸がレンガ風になっていて、花壇にはオレンジの花が咲き、気持ちのいい散歩道です。

隅田川ガーデンから、聖路加国際病院を抜けて、明石町へ。

歩いていると「塩瀬総本家」を発見。
買い物しない誓いはどこへやら、店内に吸い込まれる。

重厚な店内には、歴史を語る展示の数々。
私も、日本初の饅頭とか、ハロウィン仕様の落雁を買いました。

お店のHPには、「1349年:初代林浄因が中国より来日、奈良に住し日本で初めて餡入りの饅頭を作り売り出し紫庭に上がる」
とあります。
お饅頭にそんな歴史があったのですね。林浄因さんが、お饅頭を作ってくれてよかった!

そして今度こそ明石町へ。

現在の明石町一帯には、明治2年から明治32年まで外国人居留地がありました。
多くのミッションスクールがここで誕生し、「電信創業の地」「指紋研究発症の地」など「日本初の○○」もたくさん。
芥川龍之介の生家は居留地近くの牧場だったらしいし、話題満載すぎる町です。

冒頭の写真は、明石小学校の前で撮りました。
「築地外国人居留地跡」の看板があります。

レンガ堀は、明治期のレンガ堀で、ガス街灯の柱の部分は、形や材質から、明治末年ごろのものではないかと推定されるそう。
とてもきれいな状態で保存されています。

そこから、道を渡ると「カトリック築地教会聖堂」
明治初期に創建された教会で、現在の建物は関東大震災後の昭和2年に建ちました。

中に入ることができます。
とても静かな教会には人影もなく、雰囲気を満喫しました。

教会の歴史を語るものを飾った部屋もありました。教会の幼稚園の制服や写真、初期の建物に使われていた十字架など、意外なものがありました。

ぐるりと回って、築地本願寺へ。

築地本願寺は、江戸時代の明暦の大火のあと、幕府の命令で築地に引っ越してきました。
埋め立てによって作られた築地。
築地本願寺の土地は、佃島の熱心な信徒たちが埋め立てたそうです。
「引っ越せ、海の上に。埋め立てて」ってすごい命令です。

そして、関東大震災後に、今見ても斬新なデザインのこの建物になりました。

ランチは、お寺の敷地内の「TSUGUMI」で。
開放的なスペースで、本願寺を見ながらゆっくり食べられます。
メニューも「ブッダボウル」などお寺っぽく、かつおしゃれでリーズナブルです。

「考えてみれば、2時間の間に、神社と教会とお寺に行ったよね」
小さいエリアの中に、いろいろな国から来たあれこれが、ぎゅっと詰まっている築地。

一回では見られなかったものたちを、また見に来たいものです。