惜しみなく闇は奪われる

暗い夜道を歩いていて、行く手にコンビニのまばゆい光が見えると、用もないのについふらふらとコンビニに入って、「しまった」と思う。このように光のほうへ吸い寄せられる性質を、正の走光性という。

夜の暗さを楽しむ闇歩きをくり返していると、夜道を歩くとき、自然に光に背を向けて、暗いほうへ暗いほうへと向かうようになる。これを負の走光性という。

負の走光性を獲得して街の光を避けて歩く私たち闇男や闇ガールにとって、最も厄介なのは自動車だ。いくら光から遠ざかろうとしても、自動車のライトはあっという間にやってきて、惜しみなく道を照らし、闇を奪う。暗闇に慣れた私たちの目には、その光はとんでもなくまぶしく辛い。しかも、かつての車のヘッドライトは、温かみのある電球で比較的暗いハロゲンライトだったが、今は白くて強く明るいHIDライトやLEDライトが主流になり、ますますまぶしい。

あなたのご近所にもきっとある走車燈の名所

だが、どんなものの中にも楽しみはある。夜道を走る車が、思いがけず、美しくカッコよく幻想的な光景をつくり出してくれることがある。稀にあるのではなく、しょっしゅうある。あちこちにある。

夜道を歩く私たちのほうへ車がやってくるとき、車のヘッドライトに照らされたガードレールや私たち自身やなんやの影が、車の動きに合わせてスーッと流れるように動いていく。その影の動きがちょっと走馬燈を思い起こさせるので、私はこれを「走車燈」と呼んでいる。走馬燈の場合は光源は動かず、走車燈は光源が動くわけだが、影がスーッと気持ちよく流れる感じがよく似ている。

葛西橋通りの走車燈。車が連続してやってくるので、まさに走馬燈みたいに、影が回転し続けているように見えてくる。

夜、車が通りさえすれば、走車燈はごくふつうに見られるものだが、ときに「おお!」と感嘆するくらい、その光と影のコラボレーションが見事な場所がある。あなたのご近所にも、探せばそういう走車燈の名所がきっとある。そんな、家の近くで見られる走車燈の幻想世界をじっくり愛でるのも、ウィズコロナ時代の「”ご近所闇”の遊びかた」のひとつだ。

素晴らしい走車燈が出現する条件

走車燈は路面にも出現するし、道路と平行の壁にも映る。だが、道路の左側に、道路とほぼ直角に白っぽい壁面が広がっていると、素晴らしいスクリーンになりやすい。街灯などの光があまり当たっていない、暗めの場所にある壁がいい。

そして、道路と壁の間に少し距離があり、ガードレール、フェンス、交通標識、電柱、街路樹や歩行者など、ヘッドライトによって投影される物が豊富にあると、複雑でリズム感のある走車燈になる(道端に青っぽいガラスの電話ボックスがあると、ガラスの青も壁に投影されて美しい)。道路の左側を歩いていて背後から車が来れば、沿道の物たちとコラボしながら、自分の影も忍者のようにスーッと壁面を移動する。

更地に伸びた雑草の影が、くり返し、グーンと迫ってくる。

車のスピードが遅いほうが走車燈をゆっくり楽しめるので、交差点やカーブの近くがいい。1台の車が出現させる走車燈はすぐ終わってしまうが、車が途切れずに来れば長時間連続して走車燈を楽しめる。だから、ふだんの夜散歩とは真逆で、幹線道路などの交通量の多い通りがいい。

葛西橋通りの走車燈の動画をもうひとつ。リアルなフェンスの横から影のフェンスがヌルヌル伸びていくのが気色いい。

以上の条件がそろう場所なら、必ずや素晴らしい走車燈が出現するだろうし、それほど条件がそろわなくても、そこそこいい感じの走車燈が見られるだろう。

今、ヘッドライトの進化が激しいため、巷にはハロゲンライト、HIDライト、LEDライトなどの実にさまざまなヘッドライトを装備した車があふれていて、走車燈が以前よりずっと複雑で表情豊かになっている。しかも、束の間の夢のように消えてしまう走車燈を、スマホやデジカメの動画撮影機能を使って実に手軽に撮影できる。今こそ、走車燈をじっくり楽しみ、愛でるときなのだ。

撮影中の自分の影が、忍術で移動するようにスーッと左に流れていく。

ではまた。闇の中で逢いましょう。

取材・文・撮影=中野 純

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