畑のある景色を守るため、小麦からそばへ
「もともと地域の畑を守りたい、という思いからスタートしているんです」
そう話すのは、代々農家で、1995年から町で唯一ソバを栽培する『みよし そばの里』2代目の船津正行さんだ。近隣の耕作放棄地を含めた約5haの土地で、初めは小麦を1989年から栽培した。しかしあるとき、畑に病害が出てしまった。行き詰まった際に声をかけたのが、先代のそば好き友人。「そばなら播いて刈るだけ。手間はかからないよって。いやぁ、悪魔のささやきでした」と、笑う。
農家にとって、補助金が出ないそばは、採算の合わない作物だ。しかし、畑を管理するため、どのみちトラクターを走らせねばならない。それならばと、比較的荒れた土地でも作れるソバ栽培に着手した。作り方は、スズメがきたら食べられる、霜に当たったら枯れる、風が吹いたらこぼれる、だからそこだけ気をつけて、と聞いたぐらい。
「この辺りは、嫁に来たらうどんが打てないとダメと言われたほどのうどん文化の里。そばはめったに食べないし、ソバの作り方もわからない。間違った情報が多かったんです」
先代は手探りで、夏と秋1品種ずつ、二期作でソバを作り始めたのだった。
そば屋さんとの出会いで、そばの底力に開眼
肥料や土作りなど、試行錯誤を繰り返し、最善を尽くすも、味が薄いと言われた時期があったという。その頃に出会ったのが、京都のそば屋『拓郎亭(たろうてい)』店主だ。「乾燥が甘い。乾燥次第で化けるよって言われたんです」。
最初は疑っていたが、実際に拓郎亭さんが独自に乾燥させた粉となめ比べてみたら、その差は歴然。「そのとき、わたしのなかでようやく基準ができました」。
そして、そば研究に拍車がかかる。
品種、肥料、栽培方法など、「今まで一度として同じ栽培をしたことがない」と話すが、どういう天候のときに、どう味が変化したのか知りたい。そこで頼りにしたのが、そば屋さんたちだった。
「肥料違いのそばを渡すと、レポートを送ってくれるんです。一人だけじゃなく、数が多ければ多いほど、そばの方向性が見えてきますから」
店主たちとの付き合いの始まりを尋ねると「告白ですかね」と、船津さんは笑顔を見せる。「付き合ってくださいって飛び込みでいらっしゃる方が多いかな」。
とはいえ、収穫量に限りがあるため、付き合える店舗数にも限りがある。現在はお断りすることも多いが、それでも名前を記録し、閉店などで空きがでると連絡をとるという。「時間がかかることはありますが」。
そんなそば屋さんの一人が、大宮『久霧(ひさぎり)』2代目、久森賢一さんだ。
「10年ほど前、食べ歩きする中で三芳産の味の強さにほれて、修業が終わったら付き合わせてくださいって、飛び込みでお願いしたんです。うちは出前もする町のそば屋ですが、店に戻ったら手打ちしようと思ってたんです。今は手碾きで製粉もしますが、ソバ作りをときどき手伝いながら、いろいろ勉強させてもらってます」
そばを科学! 新そばだけじゃない、熟成そばもまた魅力
三芳のそばは、粘り強いと称されている。
「どうして粘るのか、土地の力なのか、肥料なのか。同じ条件で分析してみないと、わからないんです」
そんなとき、そば屋主催の新年会で「同じ品種でも場所が変わると味が違うの〜?」という他愛のない一言に発奮した。居合わせた同世代の生産農家とタッグを組み、共同研究を開始。千葉、茨城、埼玉、長野で、同品種を撒き、収穫、製粉する産地比べだ。他にも、1週間刈り取りをずらして色味の変化を探るサンプル調査も独自に行うという。
過去には、ソバの天敵である台風や日照不足が、かえって味をよくすることなども発見。疑問はすべて実践で調査。それを繰り返している姿には脱帽するばかりだ。
かと思えば、偶然から研究が始まることも。たまたま、順番待ちで忘れていたそばを冷蔵庫の片隅に見つけ、試しに久森さんが手打ちしてみると、
「2016年度のは、やばかったよね」(船津さん)
「あれは、すごかった。味が深〜くなって香ばしさが増してたんです」(久森さん)
さらに、年月を経て味がのって化けることや、ソバが呼吸しやすいよう、真空パックではなく紙パックで保存することで、そばらしい香りをまとうことも突き止めた。新そばこそ最上、とは限らないのだ。
久森さんは話す。
「ぼくら打ち手は、農家さんが作った100のソバの力をいかに引き出すか、なんです。だから、そばのことは知りたい。そうすると、ここに来ちゃうんです。この人、変なことばっかりやっているから、毎年発見があって、おもしろいんです」
船津さんは、「いつか全部やり尽くして、そば作りを終えたい」と漏らすほど、深みにはまっている様子。そして、「土地、仲間を増やして、独立したい人が出てきたら後押しできるようにしたい」と、後進を育てるべく、農業法人も設立した。三芳のそばの粘り強さは、案外この熱意ゆえ、生まれているのかもしれない。
三芳産そばは、周辺の地元そば屋でも味わえる。まずは、実感してみるべし、だ。
石臼で碾いたそば粉は『あぐれっしゅふじみ野』(9:30~18:00、第3水休。ふじみ野市うれし野2-4-1 ☎049-263-5637)、『手打ちそば処 久霧』(11:00~14:00・17:00~19:00、土・祝は11:00~14:00、日休。さいたま市中央区上落合9-9-4 プレジデントマンション101 ☎048-854-8665)で販売。『みよし そばの里』(☎049-259-6022)では、近い将来、生そばの無人販売も検討中だ。
蕎麦処 天和庵
端正で繊細。喉越しいい二八そば
「周りにうどん店が多くて」と、店主の梶秀雄さんは脱サラする際、『みよし そばの里』でそば打ち教室に参加してそば道へ。独立後は、修業先の横浜『一茶庵』と同じ北海道産を用いたが、「香り、味、色の三拍子が揃う三芳産は日本一」と、扱うように。石臼で粗めと細かめを碾き、混ぜて手打ち。かつお香るそばつゆに付ければ、すべるような喉越しだ。清冽な香りが鼻を抜けた後、ゆっくり甘みが広がっていく。
『蕎麦処 天和庵』店舗詳細
手打蕎麦ぐらの
一口目からガツンと上る甘み
川越街道で45年以上営み、2代目の福原篤さんが2002年から手打ちを開始。「いろんな人に教えてもらいましたが、ほぼ独学」と笑う。各地のソバを試した結果、粒が大きく、緑が美しい三芳産に一目惚れ。栽培を手伝いながら研究し、二八や十割を剝き実で、田舎そばを玄そばで打つ。「噛むと甘みと香りが立つので」と、中太にした十割を、昆布を忍ばせたそばつゆで味わうと、コシ、甘みがぐんぐん。目を見張る。
『手打蕎麦ぐらの』店舗詳細
取材・文=佐藤さゆり(teamまめ) 撮影=加藤熊三