学生街にあるサロンのような、文化人も通ったカフェ
『ロージナ茶房』の創業者、伊藤接(いとうせつ)さんは、大正15年(1926)生まれ。画家兼ジャーナリストとして活躍し、戦後間もない頃から中東、ヨーロッパ、インドなど世界各地を訪れた。当時の日本にあった純喫茶とも、女給がいたカフェーとも違う、ヨーロッパのカフェ文化に刺激を受けて開いたのが『ロージナ茶房』だ。
国立の地を選んだのは、国立音楽大学や一橋大学がある学生街であり、文化とインテリジェンスな空気が漂っていたから。「ロージナ」という店名は「故郷」を意味するロシア語に由来し、創業者が一橋大の先生たちと考えたと伝わっている。
駅からほど近いお店では、創業者と交流のある芸術家や文化人、一橋大学で教鞭を取る人や学生などが集い、ピアノの演奏など音楽にまつわるイベントも多く開かれていた。都心から高速を飛ばしてやってきた外国車が並ぶ光景も名物だったとか。
作家で政治家としても活躍した石原慎太郎が一橋大学在学中に足繁く通ったほか、ミュージシャンの忌野清志郎や坂本龍一らにも愛され、ファンの間では聖地として知られている。
創業当時からの愛されメニュー、ミックスピザとフルーツゼリー
創業から70年以上が経って、メニューは時代に合わせて味が変化したり、増えたりもしている。その結果、現在の『ロージナ茶房』はメニューが充実していて、ファミレスチェーンも敵わないのではないかと思うほど。
『ロージナ茶房』を知る人にとって、真っ先に思い浮かぶメニューはザイカレーだろう。ザイカレーは、創業者が旅先のインドで学んで取り入れたもので、ボリュームたっぷりで非常に辛いと、何度もメディアに取り上げられている。
他にも長く愛され続けているメニューはいくつもある。その中のひとつがミックスピザだ。立川にあった米軍基地の料理人から教わったアメリカ仕込みで、創業間もない頃からの自慢メニューのひとつだ。
店でこねているという自家製生地は、程よい薄さで縁の部分がカリッとしていて全体はサクサク。たっぷりとろけているチーズ、イカやエビなどのシーフードミックスにベーコンとトッピングも贅沢だ。味の決め手、トマトソースもしっかり濃厚。
ピザは日本にピザ専門店が登場したころに種類を増やし、現在アンチョビとオニオンピザ、ホウレンソウとベーコンのビザなど全部で11種類。どれも1人分のMサイズと1.5人分のLサイズがある。
パフェやプリンなどデザートも豊富で、迷わず決めることは難しい。レトロなかわいさが好きならフルーツゼリーがおすすめだ。こちらも古くからあるメニューで、懐かしさ満点。グラスは固めのゼリー液で満たされ、上部に絞られた生クリームにもときめく。中に入っているフルーツは缶詰のミカンとパインで、四角く切ったミルクゼリーが味の変化を加えている。ゼリーは日替わりで、この日は赤いグレナデン(ザクロ)のゼリーだったが、他にはパイン、ライム、グレープがある。
創業は終戦から8年後。カレーやコーヒーのほか、缶詰とはいえフルーツ入りのゼリーに、チーズを使ったピザとバラエティ豊かなメニューが提供されていたとは!
ずいぶんハイカラな店だと憧れた人も多かったに違いない。
これからも国立で学生時代を過ごす人の思い出のお店に
創業者のお子さんで、現在店を運営する伊藤さんは、「簡単にはお店を休めないんですよ」と話す。
学生時代を国立で過ごしたたくさんの人にとって『ロージナ茶房』は思い出のお店で、数十年ぶりにやっと再訪できるというタイミングが、たまたま雪や台風の日だったということもあるからだ。
「数十年ぶりに来て、お店が変わっていなくてうれしい」などと会計のときにぽろっと話す人、「高尚なイメージで学生時代はとても入れない憧れの店だった」と初訪店を喜ぶ年配女性。そういう人たちは決まってネルドリップで淹れた自慢のコーヒーと共にゆっくり空間を楽しんでいく。
『ロージナ茶房』の建物は地下1階、地上2階。趣味の集まりやイベントなどで使われる地下の約20席を加えると全部で120席もある。学生街の国立らしく、サークルの団体がテーブルをつなげて食事やお茶と共に楽しげに話す姿は毎日のように見られる。初めて訪れた人も、自分の学生時代と重ねて温かい気持ちになれるはずだ。
取材・文・撮影=野崎さおり