一緒に歩いた“散歩の達人”

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三土たつお Mitsuchi Tatsuo
1976年、東京都北区生まれ。 ライター、プログラマー。
『街角図鑑』著者。地図好き、街歩き好き。『デイリーポータルZ』に連載中。共著書に『はじめての』渠散歩』、寄稿に『東京「スリバチ」地形散歩』など。
HP
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石山蓮華 Ishiyama Renge
電線愛好家・文筆家・俳優。日本電線工業会公認・電線アンバサダー。『タモリ倶楽部』、TX系列ドラマ『日常の絶景』などに出演。著書に『犬もどき読書日記』(晶文社)、『電線の恋人』(平凡社)。TBSラジオ午後ワイド『こねくと』メインパーソナリティ。
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松村大輔 Matsumura Daisuke
1973年生まれ。ブックデザイン・編集。広告制作会社などを経て、出版社パイ インターナショナル(PIE Graphics)に所属。著書に『まちの文字図鑑 』シリーズ(大福書林)など。
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村田あやこ Murata Ayako
路上園芸鑑賞家・ライター。お散歩や路上園芸などのテーマを中心に、インタビュー記事やコラムを執筆。著書に『たのしい路上園芸観察』(グラフィック社)、『はみだす緑 黄昏の路上園芸』(雷鳥社)。『散歩の達人』等で連載中。お散歩ユニットSABOTENSとしても活動。『ボタニカルを愛でたい』(フジTV)出演中。

駅前の舗装に隠れたメッセージ……⁉

8月某日。4人の“散歩の達人”たちが集まったのは、東急線武蔵小杉駅前の広場・こすぎコアパーク。駅周辺は再開発が進み、周囲を見渡すと頭上にはタワーマンション群がそびえる。

視線を落とし、広場の舗装に真っ先に目を留めたのは、『街角図鑑』著者である、三土たつおさんだ。一見、どんな街にでもありそうな舗装のようだが、一体ここになにが……?

三土:これは「インターロッキングブロック」です!L字状に組み合わせられたものがメジャーなんですが、こういった「縦・縦・横・横」の配列はあまり見かけないように思います。

石山:小学校の床が、こんな模様でした。

三土:この組み方を「パーケット張り」と言います。

村田:名前があるんですね……!

村田:舗装に埋め込まれた、この「公園」と書かれたプレートは、なんの印なんでしょうか?

三土:これは「境界標」です。これがあるということは、ここが何かの境界だということ。赤い矢印の先端が境界点です。同じような境界標が何箇所か埋め込まれていて、矢印同士をつないでいくと、星座のように境界線が見えてきますよ。

村田:線をつないでみたくなりますね!隠れた暗号を解読していくようで、ワクワクします。

 

タワマンが立ち並ぶ風景を背に、すぐそばの路地に足を踏み入れると、「センターロード小杉」が現れた。このあたりが工場地帯だった昭和の頃から、仕事を終えた人たちでにぎわった飲食店街だ。飲み屋がひしめく昔ながらの路地の雰囲気に、急にタイムトリップしたような錯覚に陥る。

頭上を見上げると、電線が複雑に横切っている。

石山:一番上の高圧電線を通る6600Vの電気が、バケツのような形をした変圧器で100Vや200Vに変圧され、各家庭やお店に配電されています。電線同士が接触しないよう、手裏剣のような形をしたパーツが取り付けられていますね。

村田:本当だ。よく見ると電線には、いろんなパーツがくっついていますね。

三土:手裏剣の形をしたパーツは「スペーサ」と言います。

村田:あのパーツにも、名前があるんですね!

石山:まさにスペースを空けるという意味です。スペーサが、まるで4コマ漫画かパラパラ漫画のように、こっちに向かって飛んでくるように見えますね。

細やかな手仕事が光る、化粧蓋

頭上にも、思いがけない見どころが潜んでいるのだ。再び地面に着目したのが、三土さんだ。

三土:僕が気になるのは、このマンホール蓋(ふた)です。本来、マンホール蓋は金属製で黒っぽい色をしていますが、このように、周りの景色と合わせるためにお化粧をした蓋を「化粧蓋」と呼んでいます。本来であれば周囲の舗装と模様がつながっているはずですが、おそらくここは、メンテナンス作業をして元に戻す時に、ちょっと模様がずれちゃったんでしょうね。

村田:作業した方の痕跡が見えてきますね。

三土:鑑賞ポイントとしては、はじっこの小さい切片です。

村田:かわいい!細やかなお仕事ですね。

三土:小さく切ってでも柄を合わせたいという、職人さんの心意気を感じますね。

 

普段だったら何気なしに通り過ぎていたであろう、マンホール蓋。こんなところにまで、誰かの手仕事が入り込んでいると気づくと、街の風景に人間味が漂ってくるようだ。

駅前の通りと小道で、雰囲気が一気に変わるのもまた楽しい。

しかし、出発地点からわずか徒歩30秒ほどの地点に、30分近く滞在している我々。

 

松村:……なかなか進まない散歩ですね(笑)。

ひび割れの犯人は誰だ?街角探偵・発動

このままだと駅前だけで終わってしまいそうなので、後ろ髪を引かれながら、少しずつ歩き進めることにする。

武蔵小杉駅前を過ぎ、新丸子駅に近づくと、飲食店や住宅が密集する下町的な雰囲気に変化する。

村田:わ、この舗装のひび割れから顔を出す植物がいいですね!三土さん的には「なんてこった」な風景かもしれませんが……。

三土:これは大変だ。

石山:金継ぎみたいですね。

村田:本当に。植物がパテのように、ひび割れを埋めているような状態ですね。

三土:すぐそばに車止めがありますね。想像ですが、隣が駐車場なので、ここが車の通り道になって舗装をバキッと踏んでしまったのかもしれません。

村田:それで割れちゃったんですね。これ以上割れないように、車止めを立てている。ストーリーが見えてくるようです。

三土:この車止めは、帝金というメーカー製の「バリカー」という製品です。「バリケード」と「カー」を組み合わせた名前なんでしょうね。

石山:このバリカーの役割は重要ですね。

三土:ちなみに隣の車止めは、サンポールというメーカー製の「サンバリカー」という、バリカーのライバル製品です。

村田:ライバル同士が隣に……。

石山:バリケード系の製品って、「バリ」や「ケード」が名前に付くのがいいですね。電線関連でも、「とりケード」という鳥よけの製品があります。

村田:かっこいい!

石山:あ、この「おすい」のマンホール蓋、かわいいですね。

三土:字が上手ですね。

村田:「お」から「い」にかけて、徐々に小さくなっていっている。

三土:「お」から書き始めて、「い」を書くスペースが狭くなっちゃったのかな。

松村:「お」優先ですね。

三土:あ、こっちにはバランスのいい「おすい」!

松村:これはこれでいいですねえ。マンホール蓋の文字は、踏まれて角が取れて、なめらかになっていくところがいいですよね。ちょっと潰れている部分も愛おしい。場所によって状態が違うので、唯一無二の存在になります。

村田:時間の経過とともに変化する様子が味わえる。骨董品のようですね。

電線は街の血管

新丸子周辺は、電線鑑賞のホットスポットでもある。

石山:この電線、いいですねえ。引き込み部が立体的なので、かっこよく写真を撮れる角度はどこかな……と表情を探るのが楽しいです。

村田:確かに。見る角度によって表情が違いそうです。

三土:何がどうなっているのかわからないくらい、複雑ですね。

石山:人体から臓器や動脈・静脈だけ抜き出すと、こんな形かもしれません。

松村:DNAのらせん構造のようにも見えます。

村田:人体の中身だ。

三土:電線は、神経のようなものですよね。

村田:電線はまさに街にとっての血管であり、神経のようなライフラインですよね。

村田:あ、こっちのビルの電線は「びっくり人間」とかに出てくる、おじいさんの長い爪みたい。

石山:金属なのに、生き物のようなラインが現れているのが面白いですよね。

村田:完全な人工物なのに、電線はどこか有機物めいていますよね。

石山:時間をかけて電線を観察していくと、高圧電線を通って送られてきた電気が変圧されて、どの線がどの建物に引き込まれているかが少しずつわかってくるんですよ。それが楽しいですね。電線を見ていると、時間が経つのを忘れてしまいます。

村田:「ああ、この線がこの建物とつながっているんだな」というのが可視化されますね。電線に関わるいろいろなパーツを一挙に見られるのもいいですね。

街の文字から時代を感じる

建物と建物の間を通るまっすぐな細い路地を発見するやいなや、探検気分でグイグイと進んでしまう一行。

 

村田:この道、向こうまでまっすぐ抜けていますね。以前この連載「COLLECTOR’S COLLECTION」で、「抜け感のある風景」を愛でている方にお話を伺ったことがありました。この道も、まさに抜け感があります。

村田:あ、むき出しの配管がかっこいい!

松村:「常時開」の「時」の字を見ると、点が逆向きです。

三土:本当ですね!

松村:以前、こうしたプレートを作っている人に話を聞いたことがあるんですが、点を逆打ちするのが流行った時代があったようです。

村田:さっき中華料理店の軒先で見かけた「店」という字は、「占」の横棒がちょこっと上向きでしたよね。

松村:ドリルのような機械で彫った「機械彫刻文字」ですね。跳ね上がった「占」は、商売が右肩上がりになるようデザインされていると考えています。昔の看板には、時々こういうものがあります。

村田:時代による流行やテイストがあるんですね!

複数の視点をクロスさせれば、街は見どころだらけ

ちょっと進んでは立ち止まり、またちょっと進んでは立ち止まり……。まっすぐ歩けば10分程度の道のりを、たっぷり3時間以上かけて歩き、ようやくゴール地点の新丸子駅へ到着!

三土:武蔵小杉駅周辺は再開発された新しい雰囲気が続いていたのに、新丸子に近づくと街の雰囲気が急に変わりましたね。視点の違う人たちと歩いたので、いろいろな発見があって楽しかったです。

石山:新たに開発されたエリアは、基本的に地上に電線がないので、これまでどこを見ていいかわからない状態でしたが、「見どころのない場所ってないんだ」ということを発見できました。新丸子エリアでは私の好きな電線の景色がどんどん出てきて、人の暮らしが露出しているところと電線は、相性がいいんだな、というのをあらためて感じられました。

松村:武蔵小杉は、これまでなかなか来ることはありませんでしたが、歩いてみたら面白かったですね。一人で歩くとどうしても自分の好きなところしか見ないので、今日は他のレイヤーが見えてきたのが楽しかったです。

村田:大きい通りと、一本入った小道との雰囲気のギャップが印象的でした。電線やマンホール蓋、文字といった人工物は、規格化されたものという勝手な先入観がありましたが、細かく観察していくと、しっかりと人の手仕事が見えてきたり、場所ごとの状況に合わせた唯一無二の味わいを感じられたりして、楽しかったですね。皆さんの解説を聞きながらお散歩できたのは、贅沢すぎる時間でした!

少し歩くごとにどんどん風景が変化する武蔵小杉〜新丸子。今までなら素通りしていたかもしれない道のりも、4人の「偏愛」をクロスさせたら、情報と見どころにあふれていた!

観察+想像を重ねて楽しもう!

ちなみにこの日のお散歩は、トークグラフィッカー(R)・山口翔太さんも同行。4人が観察したり、見立てたりしたものをその場でイラストに起こしてくれた。

本文で紹介しきれなかった見どころの一部を、山口さんのイラストとともにダイジェストでご紹介!

犬の目の高さに貼られた、「犬の小便禁止」の張り紙。犬と散歩していると飼い主さんも下を見がちなので、人間にとっても効果的。

電線の地上機器や電柱は、張り紙が貼られないよう、手が届く範囲だけ側面がブツブツしている。

台湾では、この地上機器にペイントが施されていることもある。

店名が消えた装飾テントを前に、「何屋さんだったんだろう?」と想像が膨らむ。

段差スロープの十字形の穴から顔を出す植物。お向かいは、かつて園芸店だったとのこと。その時の残党が生き延びた?

川崎市の100周年を記念した街フェスとのコラボ企画として、11月にまち歩きイベント開催!

“わたしはこれが好き、あなたは? ”いつもの風景を楽しくするのは「好き」の発見。それぞれの「好き」がまじり合えば、見なれた街がとたんに魅力とふしぎにあふれだす!石山さん、松村さん、三土さんほか、さまざまなジャンルの“散歩の達人”をゲストに迎え、川崎を歩くまち歩きツアーが開催。まちの新しい見どころが見つかるかも!?

 

ここすき、こすぎ!あつまれ㋙、こすぎるまちフェス
まちある㋙ツアー
日時:2024年11月9日(土)11:00~16:00・11月10日(日)9:30~16:00 全7回(要予約)
場所 :小杉駅北口座り場(三井のリパーク 小杉ー丁目第5内)
詳細:https://machiarukikawasaki.peatix.com

協力 : 散歩の達人/さんたつ編集部

 

アーティストによるパフォーマンスやワークショップ、みんなでつくる未来のマップや「散歩の達人」たちとのまち歩き、街中に広がるアートやマルシェ……いつもの景色に「好き」を見つける催しいっぱいの“こすぎ”るまちフェス。あつまれ㋙!

 

ここすき、こすぎ!
あつまれ㋙、こすぎるまちフェス
日時 :2024年11月9日(土)・11月10日(日)
場所 :武蔵小杉駅〜新丸子駅周辺
主催 : 川崎市まちづくり局 拠点整備推進室 事務局: Camp
詳細・お問い合わせ : https://kokosuki.studio.site
☏044・200・2741
[email protected]

 

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取材・構成=村田あやこ 撮影=加藤 甫 イラスト=山口翔太 協力=川崎市