ただ、私が何度も申し上げるように、その土地のことを一番よく知るには酒場へ行くことだ。なるべく古い雰囲気の酒場がいい。はじめは入りづらいだろうが、中へ入れば大抵すぐに受け入れてくれる。そこで飛び交う客の方言や、独自の料理や酒。ノリのいいマスターから「どこから来たんだい?」なんて聞かれたら、観光名所や歴史博物館では得られない話が始まるだろう。そこならではの雰囲気に包まれながら、地のものをいただき、ネットでも知ることができない楽しい会話……そんなところ、酒場以外であり得ない。

 

先日、長野県上田を訪れた。以前、その近くにある松本にも訪れたことはあったが、この町に関してはほとんど予備知識はなかった。しいていうなら、戦国武将の真田氏のおひざ元であることぐらいで、他に何があるなど知識は皆無だった。

ただ、そういうところほど興味が沸くのだ。暇なときにグーグルマップで何となく遊んでいて、ふと「一生のうち、ここに行くことなんてあるのだろうか……」などと見慣れぬ土地に自分が立っていることを想像するのだ。そうなれば、もはや行ってみる以外に選択はない。

そうしてやって来た上田の酒場には、“あるグルメ”が根付いていたのだ。

トタンのファサードが素敵な『こはまや』へやって来た。大きなトタン屋根の下には、もう1つ小さな屋根があるカスケード屋根。真新しいシュッとした外観だが、おそらく創業はもっと古く、建て替えられたのだろう。

ウグイス色の暖簾(のれん)が美しいですね。「んときや」と逆読みが、やはり老舗ぶりを感じる……いや、待てよ。これは裏返し暖簾、その意味は「店じまい」である。しまった! 来るのが少し遅かったか……ダメもとで中へ入ってみたよう。

 

「いらっしゃいませー」

おおっと、店じまいどころかほぼ満席の活気! L字の高圧メラミン化粧板カウンターと数席の小上がりが長方形に奥へと続く店内。タイル版の床と民芸風照明が何だか気軽に飲(や)れる感満載だ。ちょうど空いていたカウンター席に滑り込み、まずはお酒を頂戴したく。

黒のカウンターには、ゴールドラベルの大瓶キリンラガーが似合う。こいつの口先をグラスの口縁にカチンと鳴らし、トクトクと注ぎ……。

ングッ……ングッ……ングッ……、ツッパァァァァ──ウエダラガー最高ッ! こうして見慣れぬ町でも安定した酒が飲める、なんと幸せなことだろう。幸せついでに幸せな料理をいただこう。手元にメニューはなく、カウンターの中にあるメニュー札から吟味。

「迷ったら、まずはこれ」と酒場の先人たちの金言どおり、まずはもつ煮からだ。白の小碗に豚モツのみの、さりげなくシンプルなもつ煮だ。

ウマいっ! 何がって、とにかく驚くほど柔らかいのだ。豚モツの煮込みはアタリハズレが極端だが、これはアタリ、大アタリだ。適度な歯ごたえの後に、プチリと豚モツが千切れ、そのまま口中でとろける。濃くも薄くもない味噌仕立てで、旨味を際立たせる仕事人の業である。

閉店が近くなのか、刺し身などのメニューがほぼ品切れだった。刺し身の代わりに頼んだのがトマト(ポテサラ付き)とモロキュウだ。やっぱり「海なし県」というのもあるのか、とにかく野菜がおいしい。

トマトはチュルンと冷えてて、表面が毛羽立つような新鮮そのもの。シャクっとしたフルーツのような食感と、甘酸っぱさがたまらない。サブのはずのポテトサラダも、コッテリとしたイモの舌ざわり、強くないマヨネーズがちょうどいい。

モロキュウなんて、頼むのいつぶりだろうか。ただ、久しぶりに会えたモロキュウがあなたで良かった。ものすごく太くて、野趣あふれる見事なキュウリ。パキンッとした食感がいいのだが、付け添えの味噌が最高だった。基礎は甘く、その奥にジワァっとした発酵の旨味があふれる。そこへ静かな辛味が相思相愛のおいしさを成している。このまま皿ごと“モロサラ”として食べれそうな気だってする。

さて、いよいよ“あるグルメ”の登場だ。やはり見知らぬ土地では、見知らぬ料理をいただくのがスジだろう。それが、こちら!

そう、焼き鳥でございます。……て、バカヤロウ。そんなの日本全国どこにでもあるじゃないかと、酒場狂の読者に怒られてしまいそうだが、これがまた違うんですよ。一見、ただの焼き鳥の塩のように見えるが、これには基礎となる味付けはされていない。それだと、味がなくて食えたもんじゃないと思うのだが、カウンターの片隅にその答えがあるのだ。

出たっ! 上田名物“美味だれ”である。信州方言で“俺”のことを“おい”というらしく、“俺(オイ)のところのタレ”という意味で“おいだれ”というらしい。その美味だれは、酒場によってその味がが異なり、その違いを求めて酒場をはしごするとかしないとか……なんにせよ、私もここの前後にこの美味だれを堪能したが、どれも特徴があっておいしい。ちょうど「日本三大やきとり」のひとつでもある、埼玉県東松山の「辛味噌」と同じソレだ。

こちらの美味だれは、ニンニクがガツンと効いて、さらにゴマがたっぷりと浮かんだ旨ダレだ。こいつを一度小皿に浸して、やきとんをシャバシャバと浸して食らい付くのだ。

レバからはじまり、白モツ、カシラといつものメンバーでいただく。レバは表面がこんがりと焦げ目をまとい、ふわっとした肉質がいい。白モツは見ての通り、ムッチリ10段腹ボディで、コリシコが強めの食べ応え満載。カシラは店内の照明でテラテラとあふれ出るその肉汁がタマリマセン。なんにせよ、これら各焼き鳥の特徴をスッとまとめ上げているのが、まぎれもない美味だれなのだ。

 

「ひとりだけど、いい?」

「はーい、どうぞ」

新しい客が店に入ってくると、私の真横に座った。うーむ、確かもう閉店だったはずだが……いいですね、これぞ地方の酒場って感じ。ここでの逆暖簾の意味は「まだまだ営業してるよ」なのか、はたまた、単に掛け違えていただけなのか……閉店前のせわしない感じは、まったくない居心地の良さだ。

「馬刺し、ある?」

「すいません、もう終わっちゃって……」

その客も、私と同じ段取りを踏む。思わず横から「あ、もう品切れみたいですよ」と声をかけそうになった。

見知らぬ土地で、しっぽり飲(や)る。そこで客の方言を聞いたり、マスターと会話する以外も酒場はいろいろ教えてくれる。上田という町には難解な方言もなく、ここでのマスターと会話することはなかったが、その一角をお借りし、かつ、そこで酒を飲むという行為。これもひとつの、見知らぬ土地の酒場の醍醐味であり、行きつけの酒場では味わえない特異な時間なのだ。

はじめての旅先、必ず酒場へ訪れること。私とあなたという飲ん兵衛同士の約束だ。

こはまや

住所: 長野県上田市中央2-12-25
TEL: 0268-22-0625
営業時間: 16:30~21:30
定休日: 日・祝
※文章や写真は著者が取材をした当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。

取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)