角野栄子さん
1935年東京生まれ。3歳から23歳まで江戸川区北小岩で過ごす。『ルイジンニョ少年 ブラジルをたずねて』でデビュー。『魔女の宅急便』は1989年に映画化。2018年、国際アンデルセン賞作家賞受賞。2024年1月26日からドキュメンタリー映画『カラフルな魔女』が公開。
大人だって魔法にかかる魔女の本棚
“カラフルな魔女”こと、児童文学作家の角野栄子さん。本を愛読する子供はもちろん、カラフルな魔女の生き方やファッションに魅了される80歳以上のファンまで、インスタのフォロワー数は、なんと12万人。
栄子さんが小さかった頃、ザリガニをバケツいっぱいとったり、お父さんと甘いドーナッツを食べたり、転がって遊んだという旧江戸川の土手。その江戸川区で一番標高が高い丘に、花びらが広がったような白い屋根の建物ができた。設計は、隈研吾さん。中に入れば香り立つようないちご色の世界。立ち並ぶおうちの形の本棚に、あれは時計台?
そう、ここは『魔女の宅急便』のコリコの町だ。栄子さんの希望を聞きながら、デザインしたのは娘さんのくぼしまりおさん。
惹かれた本を開けばアイデアがひらめく
“町”を歩くと、壁を駆ける可愛いおばけにふたごのねずみ。細い通路に迷いこめば、奥には隠し部屋のような「黒猫シアター」。スクリーンの中から「小さなおばけシリーズ」のアッチが「前列の白いシャツのお姉さ〜ん」と客席に話しかけてくる!
町を満喫したら、いよいよ読書の時間。館内には角野栄子作品はもちろん、選りすぐりの児童書1万冊。
でも検索用パソコンはない。本は、あいうえお順にも作者の名前順にもなっていない!?
これは、魔女の作戦。
『本には表紙があります。気になるもの、惹かれたものを自由に手に取って。自分で見つけた本だけが、自分のもの(栄養)になるのですから』
ここに来れば、大人もまた魔法にかかる。
『子供が面白いと思った本は、大人も面白い。どんな年代の人も、自分が子供の頃に、こんな本はなかった!という出会いがありますよ』
初対面の本を手に取る。
椅子や机はあるけど、“読書席”なんて野暮なきまりはない。外の芝生に持ち出してもいいし、大階段で読んでもいいし、寝転んだっていい。
物語の世界に没入し時を忘れる。
ふと、頭の中を横切るひらめきのようなもの。本から顔をあげる。
『もしかして何か書きたくなった? 思いついたことを書いてみたら』
どこかからカラフルな魔女の声。本を開けば、アイデアの種が芽吹く、この町の魔法。
さあ、物語の魔法使いにあなたも。
一期一会の本。そして、一期一会の「本棚」
「ここは、とてもユニークな施設です。来館者は、まずプロジェクションマッピングやシアターで角野栄子さんの物語や、可愛いキャラクターと触れ合います。ワクワクして、おのずと本を読んでみたくなる。読書までの仕掛けがある文学館なんです」と副館長の中山三善さん。
さらに、館内の細やかなところにも、栄子さんのセンスがちりばめられているという。
「じつはトイレの中にも栄子さんの素敵なこだわりがあります。それからアトリエの内装の一部には、栄子さんが絵を描いたところも。ぜひ探してみてください」(中山さん)
館内の本は、貸し出しはできないけれど、「1日で読み終えられるもの」を基準に集められた。
1階の「コリコの町の本棚」には、角野栄子作品と児童文学、魔女に関する研究書や洋書の絵本などが1000冊。2階のライブラリーには、よちよち歩きの小さな子どもから小学生向けの本が7000冊。残り2000冊は書庫で出番を待つ。
ごちゃまぜだから出合える一冊
「館内の本は、作品名や著者名順に並んでいないだけでなく、『科学』や『文学』などの分類もありませんし、『犬』などのキーワード設定もしていません。『本を押し付けるのではなく、あえてごちゃまぜに置こう』という栄子さんの思いです。目当ての本は見つからないかもしれないけれど、思いもよらなかった本との出会いがあるかも」と司書の河野唯里さん。
本の管理はどのように?
「内容や文字の大きさでざっくりと対象年齢をわけ、棚の低いところには小さな子供の本を置き、棚が高くなるにつれて対象年齢が上がるようにしています。背表紙にカラーシールを貼っているので、読み終わったら、同じ色のシールがある本棚のどこに戻してもいいルール。変化のある本棚の景色もまた、一期一会なんです」と言う河野さん、実は大学の卒論はなんと『魔女の宅急便』だそう。角野栄子ワールドに魅せられ、「ここで働きたいですと手紙を書きました(笑)」。
キキのような情熱だ。
「『魔女の宅急便』はキキの成長物語にとどまらず、一人の女性の人生が表現されています。トンボくんはじめ魅力的な登場人物達の人生も色濃く描かれています」(河野さん)
思えばみんなキキであり、トンボくんだった……!
【栄子さんの世界観を楽しめるスポットが満載!】
カフェ・キキ
物語に登場したあの料理も
白く光る川面、静かに流れる雲、飛び交う鳥……。カフェから見える旧江戸川のパノラマビューはまるで童話の世界。『おばけのアッチ』で、コックのアッチが営む「レストランひばり」の料理“オムライス山”をイメージした「キキライス」から、栄子さんのアイデアを取り入れた可愛いハートのスイーツ、ふたごのねずみ「チ」と「キ」をイメージしたサンドイッチなどユニークなメニューがいっぱい。
ミュージアムショップ
おとぎの国のマーケット
おへそのモチーフが取り替えられるリンゴちゃんのぬいぐるみに、アッチのぬいぐるみキーホルダーなど、物語から飛び出したキャラクターグッズがずらりと並ぶ。また、栄子さん愛用のカラフルなアトリエコートや、Tシャツやバッグなど、オリジナルアイテムがいっぱい。もちろん、角野栄子作品のラインナップも充実。館内で本を時間内に読みきれなかった……という人はこちらでチェック。
ギャラリー(2階)
ホンモノの“魔女”の写真も!
児童文学や、栄子さんに関する企画展を半年に一度開催。第1回展「魔女まじょ展」(2024年4月8日まで)では、栄子さんが世界中から集めた魔女の人形がお出迎え。壁の写真は、栄子さんが魔女を研究するため世界を旅した時のもの。写真家のみやこうせい氏が同行し撮影。ドイツにベルギー、とくにルーマニアのマラムレシュでは実際に会った魔女!?の姿も。取材ノートの手書きのスケッチも公開。
取材・文=さくらいよしえ 撮影=千倉志野
『散歩の達人』2023年12月号より