店構えからひしひし、いい酒場の予感
店の軒先には、茶色味を帯びてきた杉玉が軒に下がり、和え物と日本酒のマリアージュを想像して喉が鳴る。
戸を引いて中に入ると、外からの印象より空間が広い。カウンター席とテーブル席に加え、奥に小上がり席まである。いわゆる和モダンの雰囲気で、暖色の落ち着いた照明は、しっぽり飲むのにちょうどいい。「ウチは大衆酒場よりは料理をしっかり手をかけて作り、和食屋さんより敷居が低い。イメージ的には『うまいもん屋さん』ですね」とは、噺家のようにはきはきとした声で話すマスターの成田さん。
あえて、和え物にこだわるワケとは?
しっかり手をかけて作る料理のなかでも、店の看板ともいえるのが常時20種近くそろう季節の和え物。「和え物はちびちびと摘まめるから、日本酒の相方にちょうどいいんです。和え物にハマりはじめると『これとこれが意外に合う!』という発見もたくさんある。味噌やゴマ酢、白和えなどの地(じ)、いわゆる和え衣を作ったら、あとはどの地にどの季節の食材と食材を合せるか、パズルのような楽しさがあります」。
春先なら鯛とホワイトアスパラをゴマ酢で和えたり、時にはイチゴを白和えにしたり、鴨とオレンジを和えたり。既成概念に捉われない和え物で、旬の食材のおいしさを飲んべえに届けてくれるのだ。
昔ながらから今人気のものまで地酒は約80種も
「うちは料理と日本酒への注力の具合いが5:5」とマスターがいうように、地酒のラインナップにも目を見張るものが。カウンター超しに冷蔵庫を見ると、この日は天狗舞や鍋島、十四代本丸などの王道から、閏年限定の栄光冨士 LEAP YEAR 229など品ぞろえは縦横無尽! クラシカルなものから、今風の香りが立ち酸味のあるものまで計80種近くもそろうのだから、何度も店に通いたくなる。
この日、マスターいちおしだったのが栗駒山純米吟醸。するりと喉に落ちていくような淡麗酒ながら、最後にブドウのような香りがふわり。どんどん飲めてしまう魔性のお酒である。さっき頼んだ鯛とホワイトアスパラの胡麻酢和えをひとくち摘まみ、栗駒山をさらにチビリ。昆布〆されたねっとり食感の鯛のうまみやゴマの風味を酒が膨らませ、そして口の中をリセットし次の一杯を誘う。
二品目に頼んだ鯛と九条葱のみぞれ煮は青森の地酒、豊盃(ほうはい)と。みぞれ煮に顔を近づけると、立つ湯気から繊細な出汁の風味が伝わる。鯛をすくって口に運べば、片栗粉の衣が吸い込んだ上品な出汁、九条葱などのあらゆる味わいが口の中にあふれ、しみじみとうまい。ふっくらした米の香りとほどよい酸味の豊盃はそのうまみにしっかり寄り添い、まさに食中酒の鏡!
マスターの水先案内で、日本酒のさらに奥へ
開店時から飲んでいるカウンターの御常連に、店の魅力を聞くと「和食の経験を積んだ料理長の手の込んだ料理。いつ来ても季節のものを出してくれるから飽きないんだよ。あと、マスターは人と酒を見る目がすごい!」と20年選手の常連。その隣の23年選手は「10のうち3が料理、3が酒、あと4はマスター!」らしい。やはり、名店に名店主あり、なのだ。最後に溌溂とした声でマスターからひとこと。
「どの料理にどの日本酒が合うか、気軽にお尋ねください。隠し酒もいろいろありますよ!」
『笹吟』店舗詳細
取材・文=鈴木健太 撮影=加藤熊三