おでんの出汁割りを知っている大人になりたい

人間は20年、いや、今は18年という年月を歩んだら成人式があってここからが大人ですよと線が引かれます。それは一番大きくて分かりやすい線です。けれども私は上に挙げたように、日常の中で何度でも大人の階段を昇るタイミングは訪れると思うのです。

みなさんはどんな大人になれたらドキドキしますか? そうですね……私は……

おでんの出汁割りを知っている大人になりたいです……!

おでんの出汁割りとは、ワンカップの日本酒をおでんの出汁で割ったものです。えっ、あなたにも見えましたか……? そうです! それが大人への階段です!

何度だって、どんなタイミングだって、今の自分からまた一つ大人になる階段を上ることができます。そしてその一歩としておでんの出汁割りも挙げられます。これは根拠なく言っているわけではありません。アンゴラ大学のおでんの出汁割り学科の研究発表でも明らかにされていることです。

まあそんな卒業証書が全く意味を成さない妄想の大学は置いておいて、とにかく私はおでんの出汁割りに憧れているのです。もう何年も恋焦がれながらタイミングがなかったのは、おでんの出汁割りは絶対に本家で飲みたいと決めていたからです。

今回はこのエッセイを原動力に立ち上がり、おでんの出汁割り発祥の店、赤羽にある『丸健水産』に行ってみることにしました。

「この世界のどこかでおでんパーティーが開催されるってことですか……?」

平日の15時半、赤羽駅に舞い降りました。

私はよく目的地に着いただけで「舞い降りる」と、あたかも自分が天使であるかのような言い方をしてしまいます。でも、そのほうがなんだかかわいいですし、みなさんも天使になれる瞬間があったらできるだけなっておいた方がいいですよ。

駅の東口を出て、左を向くだけでもう「1番街」と書かれた商店街のアーチが見えます。

アーチをくぐり、お目当ての店を目指して商店街を歩きます。この1番街は100店舗ほどのお店がひしめき合っているそうです。そして、ほとんどのお店が店前まで店員さんが出て「いらっしゃいませー!」と道行く人に声をかけていて、むちゃくちゃ活気が良かったです。みんなが迎え入れてくれるそのムードと、赤羽という街の現実感が、なんか平日の竜宮城って感じがしました。

それにしても目当ての店まで歩く道中、いくつもの「11時オープン!」だとか「せんべろ!」といった看板たちが目に飛び込んできました。1000円でベロベロに酔っぱらえるお店、それが“せんべろ”。私が着いたのは15時半ごろでしたが青空の全盛期みたいな日の高いうちから、もうできあがっているおじいちゃんたちや、海外からの旅行客らしき方々が楽しそうにお酒を飲んでいて、例えじゃなくここは本当に竜宮城なのかもと思いました。

まあでもカメは助けてないけどな……と耽っているうちに『丸健水産』に着きました。

お店は、おでんの屋台がそのまま建物に飲み込まれたような作りをしていました。「おでん」と大きく書かれた暖簾の下には、あのおでん屋さんでしか見ることのない銀色の四角い鍋があって、そこでおでんがグツグツと煮られています。

熱々の出汁と昇る湯気の躍動感と相対するかのように、おでんは種類ごとにキレイに整列して煮られています。その姿はまるで心に熱いものを秘めながらも、静かに修行をしているスポ根漫画の主人公のようでした。

「おいしくなるための修行ということか……?」

たぶんこれは味を染み込ませるために熱々の出汁風呂に耐えているシーンです。きっと、柔らかすぎて出汁の滝に打たれてボロボロになって崩れ死んだ同志の大根もいたことでしょう……。おでんってこんなストイックな世界だったとは……。いや、「だったとは」じゃないのです。いくらこのエッセイの連載が7回目で慣れてきたからといって、自分が作った漫画の話を書き過ぎです。慣れの悪い例として反面教師にしてください。

 

私の前には1人お客さんがいてテイクアウトをしていました。お店のおいしいおでんが並ぶ食卓って良いなあなどと思っていると「大根が10で……焼き竹輪が10で……それから……」と大量の注文をしていて「え……? ということはつまり、このあと、この世界のどこかでおでんパーティーが開催されるってことですか……?」とかなり温かい気持ちになりました。「心おでん」とはこのことです。

大根は「ギュンッ」でした

いよいよ自分の番がやってきて注文します。

おでんといえば、大根が欠かせません。それから、お店がオススメとして挙げている「さつま揚」の中から生姜天を頼みます。

そしてもちろん……! おでんの出汁割りを注文します……! メニューを見てみると、出汁割りには「通常だし割り」と「完成だし割り」の2種類がありました。「通常だし割り」はマルカップという180mlほどの日本酒を2/3ほど飲んでからまた注文口へ行って追加で50円を払うとおでんの出汁を注いで割ってくれるものらしいです。こういうひと手間も楽しいですよね。「完成だし割り」は日本酒が弱い方向けで、最初から日本酒を出汁で割っているものだそうです。

ここはやはり通常だし割りを注文します。

でも、普段から日本酒をよく飲むわけではないので念のためウーロン茶も頼んでおきます。注文口のすぐ左にテーブルがあり、そこで立ち飲みスタイルでおでんを楽しみます。

ということで、注文が大完成しました……!

大根、生姜天、そして出汁割り進化前のマルカップとウーロン茶……! 最強の布陣です!

まずは大根からいただきます。やっぱりその料理の代表者から挨拶させてもらったほうが全体的な要領を掴めますからね。複数人に名刺を渡すときみたいな順序で食べるのがおすすめです。

大根を食べてみると……ギュンッ……!でした……! 何と言いますか、大根はその体いっぱいにおでんのおいしい出汁を抱えていて、噛んだら出汁がギュンッと一気にあふれてきたのです……! 出汁は優しい口当たりなのにおいしさが濃いです。そして、そんなにたくさんのおいしい出汁という水分を含みながらも、大根の繊維は柔らかく残って歯応えになっていて、正直どうやってこの大根の姿が保たれているのか分からなかったです。だって出汁を染み込ませる=「煮まくる」ですし、でも大根の食感を残す=「煮すぎない」なので、このおいしさには相反する2つが絶妙なバランスで同時に存在していて、おでんの大根の究極体を目の当たりにしたようでした……!

オススメと銘打っていた「さつま揚」の生姜天もめちゃくちゃぷるんぷるんでおいしかったです。ホームページを見ると、練り物は、魚を捌(さば)くところから成形までを全て人の手でやっているというこだわりが詰まりまくったもので、その工程がこのぷるんぷるんにつながっているのだとすぐに分かりました。イメージですが、噛んだらその反動で口の中を縦横無尽に弾けそうなほどぷるんぷるんです。箱の中にスーパーボールを投げ入れたときを想像してほしいです。あと、それから、ジップラインで下ってきた滑車をゴールで止めるための、あの勢いをとめるゴムに使えそうなくらいぷるんぷるんです。

そんな止まらない感想を流すかのようにマルカップを口に運びます。

「丸眞正宗」のマルカップは、まずガツンと甘さが来ました。でもその甘さっていうのが一朝一夕じゃないぞという深い甘さに感じて、改めて日本酒っておいしいなあ……と舌鼓を打ちました。「舌鼓」と書きたいおいしさです!

ここでは楽しくお酒を飲むことだけが正義

それにしても……です……。

それにしても……。太陽の高いうちから飲むお酒ってどうしてこんなに背徳的なのでしょうか……。やっぱりお酒って1日の終わりの味がします……。

私は芸人を仕事にしていて、ネタを書くのですが、ネタは1時間あれば1本作れる!という風に単純にはいかないので、つい朝まで考えてしまったりキリがないです。そんなときに区切りをつけてくれるのがお酒です。「今日はもう終わりでいいんじゃない……?」そんなお酒からの誘惑に何度「だよね!??」と乗っかってきたでしょう。この日のお酒は15時半に私を世俗からおさらばさせてくれました。

そうして本日は営業を終了しましたな気持ちで、まだ働く人たちにマウントをとっておでんを楽しんでいると(書いてないですが他にも牛すじやスタミナというさつま揚も食べました! これもめちゃおいしかったです!)、気付けばマルカップの2/3を飲んでいました。ついに……ついに上りましょう……! あの……おでんの出汁割りという大人の階段を……!

50円を握りしめて再び注文口へ行き「出汁割りお願いします」と言うと、店員さんがおでんがグツグツと煮られた鍋から熱々の出汁をマルカップになみなみと注いでくれました。そして最後に七味をパッと振りかけて、出汁割りの完成です……!

さっきまで冷えていたグラスは温かく変わっていて、期待が手から始まります。もう何年も想い続けてきたおでんの出汁割り……! その味は……なんだか腑に落ちるおいしさでした……!!!

まず、おいしいおでんを食べたときに思う「これをコップに入れてゴクゴク飲みたい……」という夢みたいな願望を、合法的に叶えることができました……! そして、おいしい出汁が先陣を切ったあとは、日本酒の甘さが押し寄せてきます。なんだか日本酒がみりんのように甘さや奥行きを出す役割を担っているようで、出汁という平面が、日本酒によって一つの「料理」という立体になったようでした。おいしくて、温かくて、そんな味を楽しみながらアルコールまで摂取できる……。正しく使えているかは分からないんですけど「完全食だ……」と思いました。あとこれ、マルカップを少し多く飲んで甘さを減らしたりと、自分なりの微調整で好きなバランスを探す楽しみもあるかもと思いました。

見事……! おでんの出汁割りの階段、上ることができました……!

応援ありがとうございました……!

 

今回は赤羽に行って、念願の出汁割りを飲みました。そうして思ったのは、なんか出汁割りって「おでん」という優しいイメージを盾にすごく大きなことをしているのかも……ということです。赤羽という街もそうです。普通お酒って夜に飲むものだと思っていましたし、おでんはおでん、お酒はお酒で口に運ぶものだと思っていました。でもそういう普通は置いておいて「やりたいことをやっちゃおう!」と、この街は“楽しい”を一番に動いているようでした。最近は煩雑なことも多いけど、ここでは楽しくお酒を飲むことだけが正義です。

赤羽は、カメを助けなくても行けるコスパ最高な竜宮城です。

文=アンゴラ村長(にゃんこスター)

こんにちは。にゃんこスターのアンゴラ村長です。皆さんは、毎日のように通っていた道ってありますか?学校までの通学路だとか、昔住んでいた街の駅までの最短ルートだとか。え……! 今、自分で打った「道」って文字を見て連想したんですけど、人の体にも「食道」ってありますね! 私たちは普段「道」を歩いているだけでなく、時にご飯の「道」となって歩かせたりもしていたんですね……!
「庭園」って距離を感じる言葉ですよね。私の生きてきた中で「庭」はかなりの身近ワードでした。ですがその後ろに「園」とつけると、たったそれだけなのに「庭園」となり遠くへ行ってしまったように感じます。気軽な「庭」から、貴族が紅茶を楽しむ「庭園」にグレードアップしてしまったようで距離を感じるのです。