作家が住んでいた一軒家に、理想の世界を構築。小物からも膨らむ想像
オリーブの木で作られたトンネルの先に『シャブラン神楽坂』がある。もちろん周辺は閑静で品のある住宅街だが、その細いアプローチは「この先は別の世界ですよ」とささやいているかのようで、歩いている間もドギマギ。
緑や花に囲まれたアプローチを抜けると、大きなアーチ型の扉を開けて「おかえりなさいませ、お嬢様」ということばとともに執事が迎え入れてくれる。
『シャブラン神楽坂』に“帰宅する”と女性ならお嬢様、または奥様、男性ならお坊ちゃま、ご主人様と呼ばれる。気恥ずかしい響きだが、その恥ずかしさごと楽しんだ方がいいのだろう。訪れるのは圧倒的に女性が多いが、年齢層は幅広く、カップルで訪れる人もいる。
オープンしたのは2021年。建物は、初代の主人だった作家が住居として建てたもので、全体に趣がある。
どの部屋にもテーマがあり、テーマに沿ったデザインの家具や調度品、スイッチカバーに至るまで、さまざまなものを、ときには海外からも集めて揃えた。虚構のおもちゃ箱のようで、どこか品も感じるのは、神楽坂という土地柄が影響しているのかもしれない。
いちばん人気の部屋は1階のローズ。マリー・アントワネットを意識したロココ調の家具を集めた部屋にはアトリエのようなテラスが備わっている。
1階にもうひと部屋あるのは重厚な書斎をイメージしたクラウン。
2階に上がるとキッチンと隣り合うメインルームがあり、お目当ての執事がいる常連客に人気。
アーチ型の部屋と重厚感のあるテーブルセットが美しいマスカレードの部屋もある。
そして3階に上がると、中まで見学できる執事の部屋もある。ミシンやトルソーなど洋裁の道具のほか、棚に置かれた細かなオブジェから、執事がこの部屋で行う仕事や彼らの趣味を想像させる物語性がある。
アフタヌーンティーやバースデープレートのほか、食べ物以外のサービスも
食事は原則セットメニューで提供される。いちばん人気はランチ限定のアフタヌーンティーだ。主人のアフタヌーンティーと名付けられている。
執事のホールスタッフが、アフタヌーンティースタンドを運んできてくれる姿のうやうやしいこと! その姿を目の当たりにすると、異世界に入ってしまったような不思議な感覚が改めて湧いてくる。
3段のアフタヌーンティーの内容は、上段がプチロールケーキを中心としたスイーツ、中段がキッシュやスープなどのセイボリー、そして下段にはサラダを添えたホットサンド。特に粒マスタードが効いたチキン入りのホットサンドは、お嬢様たちに好評だ。
そのほかの食事は、いわばプリフィックスで、主人の甘美なお食事や主人の優雅なお食事といったコース名がついている。それぞれドリンク、オードブル、パスタや肉料理などのメイン、またはスイーツの中から3つを組み合わせるスタイルだ。
お誕生日のお嬢様やお坊ちゃま用にバースデープレートを用意してくれるプランもある。ドリンクにはカクテルなどアルコール類もあるので、とびきりの思い出を作りたいときに “帰宅”して楽しんでみたい。
常連のお嬢様に人気なのは、執事と交換日記ができる執事ダイアリーや、執事のお絵描きオムレツというメニュー。執事ダイアリーはでは、『シャブラン神楽坂』に次回訪れ、いやいや、帰宅したときに執事から返事をもらえるというお楽しみ付きだ。
俳優や声優として活動する執事たちがお芝居をするイベントも
執事たちは、いずれも役者や声優として活動とする男性たち。総勢8人程度が執事を務め、2名から3名がその日のお嬢様やお坊っちゃまのお世話をする。ファンでもあるお嬢様に向けて、SNSで給仕を行う日程をお知らせするのも彼らの業務のひとつだ。
『シャブラン神楽坂』では、イマーシブシアターと呼ばれる没入型の演劇イベントが年に数回、上演される。執事たちが装いを変えて、本業でもある芝居を、屋敷まるごとを舞台に繰り広げるイベントで、エンターテインメントと飲食店、素敵な建物の魅力を存分に味わえる。
屋敷から出るときは執事が「いってらっしゃいませ、お嬢様」と声をかけてくれる。非日常的な世界観の邸宅で、お嬢様や奥様と声をかけられて過ごす時間は、90分制の要予約。一度体験すると忘れられなくなるかも。
取材・文・撮影=野崎さおり