下北沢に現れる、物語への入り口
下北沢といえば、多彩なサブカルチャーが根付き混沌とした雰囲気を放つ街。そんな下北沢の街に溶け込みながら、一歩店内に入ればまるで物語の世界に迷い込んだような気分に浸れるカフェがある。
2012年にオープンした『ブリキボタン』は、その不思議な店名にぴったりのレトロなムードに包まれたカフェダイニングだ。
それぞれテーマが異なる席で、世界観に浸りながら物語の主人公になった気分でとっておきのカフェタイムを楽しめる。
この店のオーナー、松本健児さんはサラリーマンから転身して『ブリキボタン』をオープンした。
「もともと空間にこだわった、雰囲気の良いカフェが好きでした。ランチで行くこともあるし、夜に仲間とお酒を飲みながら語らうときもある。僕がよく利用していたのはいわゆるカフェダイニングと呼ばれる店で、いろんな使い方ができるところにすごく魅力を感じていました。そこで僕も、どんなシーンにも利用できるサードプレイスのような場所を作りたいと思ったんです」
未経験で飲食業界に飛び込んだ分、物件探しから店の世界観づくりに至るまで、居心地のよい店をつくるべく徹底的にこだわった。
「この物件を見つけたときは、洋館のような外観が一目で気に入りました。考えていたコンセプトにもあっていたし“ここだ!”と思いました」
こうして下北沢に独自の世界観を持つ「洋館のアトリエ」が誕生したのだ。
一席ずつ、小さな物語が紡がれる空間
「洋館のアトリエ」をコンセプトにした店内は、画家や時計職人、洋裁職人など席ごとにテーマが異なり、それぞれの席で小さな物語を感じられる。
どこか懐かしさを感じるアンティークや雑貨を眺めていると、不思議と子どもの頃の思い出がよみがえってくるようだ。
唯一の個室は、演劇の街である下北沢にちなんで芝居小屋をテーマとした部屋となっている。部屋の上部に掲げられた「シアター」の文字がかわいらしく、秘密の部屋のような雰囲気にちょっぴりドキドキしてしまう。
店内の塗装や装飾は、松本さんや当時のスタッフの手でおこなったそう。壁の塗りムラなど、そこかしこに感じる手作り感が味わいを出している。
楽し気な装飾の部屋にいると、仲間との会話も弾みそうだ。各席は予約が可能なので、座りたい席がある場合は事前に確認しておくのがいいだろう。
ランチ、カフェタイム、夜カフェ……どんな時にも訪れたくなる豊富なメニュー
『ブリキボタン』のメニューは、ランチ、カフェタイム、夜カフェなど時間帯によって提供メニューが変わる。
エレガントなグラスにたっぷり注がれたクリームソーダは、ファンが多い一品だ。松本さんは「5年前の8月、スタッフにアイディアをもらい、その日にすぐ新メニューとして提供しました。今ではうちの人気メニューになっています」と笑う。
定番のメロンソーダ(この店では昔ながらのクリームソーダと言う)をはじめ、淡いブルーが美しいラムネのクリームソーダ、ジンジャーのクリームソーダなどバラエティ豊かなフレーバーを展開している。季節ごとにフレーバーが変わるキセツのクリームソーダも楽しみのひとつ。この日はブラッドオレンジだったが、酸味のあるすっきりとした味わいが印象的だった。
ランチタイム(12:00~16:00)には、オムライスやキーマカレー、キッシュプレートやパスタなどから選べるランチセットでお腹を満たせる。
その中でも特に好評なのが真っ赤なトマトソースをたっぷりとかけた、とろとろ卵とチーズのオムライスだ。名前の通り、とろっとした卵のオムライスと濃厚なトマトの風味が凝縮したソースがからみ、一口食べるごとに幸せな気分になる。
また、夜には自家製パテやキッシュなど、フランスの田舎料理を中心としたヨーロッパの料理を味わえる。23:00まで営業しているので、飲み会のあとや1日の締めに夜カフェを楽しむ人も多いのだとか。
食後には、別腹のスイーツメニューも見逃せない。スイーツタイム(12:00~18:00)には、スイーツに330円を追加してドリンクセットにできる。この日頼んだのは、自家製ベイクドチーズケーキとホットコーヒー。
コーヒーは、モカコーヒーの産地として有名なエチオピアの中でも、最高等級を誇るイルガチェフェG1(グレード1)というコーヒー豆を使用している。豊かな香りと爽やかな酸味がまるでレモンティーのようで驚く。すいすいと飲める軽い口当たりのコーヒーだ。
コーヒーのフルーティーな味わいは、レモンジュースを入れたベイクドチーズケーキにとてもマッチしていた。
オープンから10年以上が経った今も、常に「ホスピタリティ」の心を忘れないようにしているという松本さん。その言葉通り、取材中も常にお客へ視線を向けて気配りを絶やさずにいた。
1日のどんな場面でも、ここに来れば世界観のある空間とおいしいドリンクや料理が出迎えてくれる。第3の自分の居場所を探している人は、一度その扉を開いてみてはいかがだろう。
取材・文・撮影=稲垣恵美