収穫日に野菜がもらえる!? 「天空の農園」のヒミツ
JR大阪環状線のヘヴィユーザー、ライターの吉村智樹と申します。
JR大阪駅はこれまで数えきれないほど利用した。他社路線への乗り換えにとても便利で、どれだけ助けられたかわからない。感謝の気持ちでいっぱいだ。
……しかし、「大阪ステーションシティのことをどれだけ知っている?」と訊かれたら、返す言葉がない。幾度もそこを歩いているのに、正直に言って、どこからどこまでが大阪ステーションシティなのかさえ知らないのだ。
とりわけ「関心があるのに訪れなかった」場所が「天空の農園」だ。「大阪ステーションシティの屋上に農園がある」という情報は耳にしていた。興味があり、行ってみたいとマジで思っていたのだが、たまたま急ぎの用事があったり、ランチを食べたらすっかり忘れてしまっていたりと、機会を逃し続けたのである。
というわけで、大阪ステーションシティをめぐる旅、先ずは未踏の「天空の農園」を目指す。
「天空の農園」へはノースゲートビルディングの11階までエレベーターやエスカレーターを利用し、そこから階段を使って14階まであがる。
そう、「天空の農園」へはアクセス方法は階段のみ。トイレや自販機もない。その代わり途中に季節の草花が植えられ、ビルにいながら低山ハイクに近い眺めを楽しめる。不便こそが天空の農園の魅力なのである。
階段の段数はおよそ140。パワースポットと呼ばれる山あいの神社くらいある。中年の僕の足には厳しいが、「のぼりきれば開運するのではないか」と別のワクワクも芽生えていた(と言いつつ、途中の小さなベンチで休憩したが)。
目的の「天空の農園」に着いた。先ず目についたのが水田。日本酒の原料として親しまれる山田錦が植えられている。地上14階の田んぼから生まれた酒は、きっと天にものぼる酔い心地だろう。
続いてぶどうを育てる棚があり、畑にはさまざまな野菜、フルーツ、お花が育てられている。しかもよく見ると、品種名がどれも面白い。「ちびまる子」「メロンころたん」とコミカルなのだ。
予想外にユーモラスな天空の農園。いったいどういう基準で植物を選んでいるのだろう。大阪ステーションシティ全体の植栽管理をしている「東邦レオ」にお勤めで、「天空の農園」ではグリーンスタッフのリーダーを担う北冨真吾さんにお話をうかがった。
北冨「天空の農園は貸農園ではなく展示菜園です。そのため品種名であったり、珍しさであったり、楽しんで鑑賞していただける植物を選んでいます。なかには極めて珍しい“なにわの伝統野菜”もあるんですよ」
なにわの伝統野菜は、「勝間南瓜(こつまなんきん)」をはじめ、めったに流通しない大阪の宝。まさかここで出会えるとは。希少な野菜が14階という高所で育つように、特別に開発した土を使って育てているという。いやあ、訪れなければ知らなかったな。
さて、気になるのは収穫後の作物だ。こちらで育った野菜や果物は、どこへ運ばれるのだろう。
北冨「実は収穫日に無料でお客様にお配りしています。配布日はネットで公開していません。あくまでお客様とのコミュニケーションのなかで差し上げております。耕したり水をやったりしているスタッフに、気軽に声をかけてほしいですね」
なんと!ここで育つ作物は、運よく収穫日にあたれば持ち帰りが可能なのだ。ビールによく合う高価なそら豆は「あっという間になくなった」という。140段の階段をあがってくる価値は充分にあるぞ。
南国からニッポンまで、世界の庭を旅しよう
天空の農園の管理をしている東邦レオは、大阪ステーションシティの他のフロアでも活躍している。たとえばサウスゲートビルディング15階にある「太陽の広場」には、中南米をイメージした多肉植物がこれでもかと列をなしている。その数と種類の多彩っぷりたるや、植物園と肩を並べるほどだ。
ノースゲートビルディング 10階にある「和(やわ)らぎの庭」は、打って変わって純和風。枯山水やししおどしをイメージし、梅や紅葉など日本の樹々が涼やかな葉音を立てる。大阪の日本庭園と言えば万博記念公園が広く知られているが、実は大阪駅の上に、このような情趣を感じさせてくれる庭があったのだ。なぜ今日まで知らなかったのだろう。ああ、もったいない。
熱いリクエストで蘇った「大丸饅頭」、涙の復活秘話
続いてサウスゲートビルディングにある大丸梅田店を訪れた。実は地下1階に、僕の大好物が待っているのだ。その名もズバリ「大丸饅頭」。しっかり「大丸」と焼き印されたこの饅頭、実は梅田店でしか手に入らない超レアおやつなのである。
愛らしい丁稚どん「デッチ―くん」がお出迎えしてくれる大丸饅頭は、小豆のこしあん、手亡豆(てぼうまめ)の白あんの二種類。多い日に2500個を売るという、熱烈なファンが多いお菓子だ。生地には糯米(もちごめ)からできた水あめを使い、ほんのり奥ゆかしい甘さに仕上げている。食感はスフレのように軽く、飲み物とともにさらりとほどける瞬間がたまらない。僕はいつも冷たい牛乳とともにいただいている。
大丸饅頭の誕生は「おそらく昭和29年(1954)」。正確な資料は残っていないという。かつては大丸神戸店のみ、さらに「白あんオンリー」で販売されていた限定商品だった。生地に玉子を使うなどレシピが洋風なのは、「洋菓子の街である神戸の味にしたかったからではないか」と僕は推測する。
そんな大丸饅頭だが、平成7年(1995年)の阪神・淡路大震災により、製造する機械もろとも売り場が壊滅。歴史は途絶えた。
「もう一度、懐かしの大丸饅頭が食べたい」。そんなリクエストが相次ぎ、平成17年(2005)の復興フェアで一週間、復活した。震災の影響でレシピも消失していたため、かつての神戸店の従業員たちや和菓子職人らが集まり、舌の記憶を頼りに再現したという。ただ機械までは復元できず、手焼きでの対応となった。
このフェアの好評を受け、翌年の平成18年(2006)、大丸梅田店リニューアルオープンとともに店舗が大阪に復活。製造を継承したのは十勝おはぎで知られる「サザエ食品販売」。機械を新調し、新たにこしあんをラインナップ。大丸の新しい顔として甦ったのである。
店長の吉田大輔さん曰く、
吉田「こしあん、白あん、どちらも同じくらいよく売れます。大丸神戸店時代の味を正確に再現できているかどうかは、誰にもわかりません。しかしながら往時を知るお客様が『神戸の味や。懐かしいわ』『震災があって食べられなくなって寂しかった。また出会えてよかった』と白あんをお買い求めになる。そういう姿を見ると、がんばって焼かなあかんなと思いますね」
大阪ステーションシティは鉄道だけではなく、タイムマシンに乗り換えるための場所なのかもしれない。
「塩干物マイスター」が教えてくれるウマい干物の選び方
大阪ステーションシティをめぐる旅、フィナーレを飾るのは、同じく大丸梅田店の地下2階。「ごちそうパラダイス」と名づけられた、言わば食料品の楽園だ。このごちそうパラダイスに、一人の「伝説の人物」がいるという。その人に会いたくて、訪れたのだ。
地下2階のほぼ中央に、魚介の干物や塩漬けがずらりと並んだ壮観な一区画がある。ベーカリーや高級酒などフード界のスターたちを脇に従え、センターに大抜擢されたのが塩干物。かなり意外な配置だ。地味な印象がある塩干物をあえてごちそうパラダイスの中心に置くとは、商品のグレードの高さと圧倒的な自信が伝わってくる。
「夏においしい干物は、やっぱりアジです。開いたかたちが丸ければ丸いほどおいしい。いいアジの干物を選ぶならば、外縁に注目してください。ほら、外側が白いでしょう。アジはお腹に脂がつく魚なので、腹開きにすると干物の外側に沿った部分に脂がノるんです。こういうのがウマいんですよ」
そう親切に解説してくださるのが、水産食品の調理加工で知られる会社「大水直売」の木地義雄さん(60)。鮮魚を担当し15年、塩干物を任されて20年という、魚介を扱うベテランだ。そしてこの木地さんこそが「伝説の人物」。木地さんは“塩干物マイスター”の称号をもつ人気アドバイザーなのである。
木地「よく『干物のよしあしを見分ける方法がわからない』というご質問をいただきます。そういう場合は、気軽に話しかけてくださいね。たとえばカマスは背骨を包み込むように脂がノってくる魚。だから背骨のあたりが白いものを選ぶとよい。そんなふうに、魚によって脂が集まる場所が異なるのです」
そうなのか!干物によって脂をまとうポイントが違うなんて知らなんだ。それにしても、どれもおいしそう。火を通せば湯気を立てながらほっこほこに身がほぐれ、上品な脂がじゅわりと滲み出る。白ごはんが何杯、いや何俵でも進むだろう。想像しただけでヨダレがマーライオンのように湧き出る。さすが塩干物マイスターの目利きにかなったエリートたちである。
木地さんの人気の理由は、干物の選び方のみならず、調理法も助言してくださる点にある。しかし、塩干物の調理法と言っても「焼く」以外に思い浮かばないのだが。
木地「干物は意外と“揚げる”とウマいんです。カレイの干物などは素揚げにし、食べる前に骨を砕いておくと、ビールのつまみにぴったり。あと、塩サバは水にひたして塩抜きしてから煮つけにするとおいしい。塩でしめて水分やくさみを抜いてありますから、味が沁みやすいんです」
塩干物の調理法って、そんなに多彩なの。今夜のおかずにさっそくチャレンジしたい。レクチャーしてくれる木地さんがええ感じに“塩辛声”なところも、さらに食欲を誘ってやまないのである。
都心にもあった心と心のふれあい
屋上から地下までめぐった大阪ステーションシティ。「こんなにも知らないことばかりだったとは」と改めて仰天した。設備の充実ぶりや知る人ぞ知るスポットの存在もさることながら、もっとも驚いたのは、人情の機微に触れた経験だ。
グリーンスタッフの北冨さん、塩干物マイスターの木地さん、ともに「話しかけてほしい」と語っていた。大阪のもっとも都心部にも、下町と変わらぬ人と人との交流がある。なんて素敵な場所だろう。勝手にもっとクールなエリアだと思い込んでいた。
人づきあいで凹んだら、また大阪ステーションシティを訪れよう。ここには吹き抜ける風の心地よさと、心を温めてくれる陽だまりがある。
※掲載されているデータは2022年7月20日現在のものです。 変更となる場合がありますので、 お出かけの際は事前にご確認ください。
ライター&放送作家。日々近畿一円の取材に奔走する。著書に『VOWやねん』(宝島社)『ジワジワ来る関西』(扶桑社)などがある。朝日放送『LIFE 夢のカタチ』を構成。
取材・文=吉村智樹