繁華街の喧騒から、一歩先の隠れ家

ほんの手前までは、飲食店やコンビニの連なる賑やかな通りなのである。地図を頼りに中野ラーメンの有名店も集まる通りの人なみや行列、昼時の各店の誘惑をかいくぐりながら歩を進める。人の流れが落ち着く瞬間、通りに面したビルに少し奥まって、こちらを覗くような真っ黒なファサードが現れる。

店の前にメニュー入り看板が出ていなかったら、一旦周囲を見回したであろう。扉の脇『鵺(NUE NOODLE DINING)』とある銀色のシャープな看板を確認して扉を開ける。

木製のカウンター、椅子の色調。要素としては普通にラーメン店なのに、どこか雰囲気がある。
木製のカウンター、椅子の色調。要素としては普通にラーメン店なのに、どこか雰囲気がある。

コンパクトな店内は落ち着いた色調の木製L字型カウンターに8席の椅子席。いわゆる券売機がなく、オーダーはメニューをみて声をかける後会計の方式だ。

店主の喜田信吉さんは、頭にタオルを巻いたエプロン姿でラーメン屋の主人然とした出で立ちなのだが、黒で統一していることもあり「大盛り脂多め!」とかいう掛け声と共にかっ込むラーメンというイメージはない。お店の看板メニューである鶏白湯、せっかくなので特製鶏白湯そばをお願いをした。

お店は喜田さんひとり対応、トロリとしたスープが注がれると匂いがキュンと胃袋を刺激する。
お店は喜田さんひとり対応、トロリとしたスープが注がれると匂いがキュンと胃袋を刺激する。

惜しげもなく手間をかけた、たっぷりとした一杯の完成度

店内を流れる香ばしい匂いの元を見ると、バーナーでチャーシューを炙るところである。見た感じなかなか厚め、近年流行りの低温仕上げの赤身肉ではなくしっかりと脂身をまとったバラチャーシュー。それから麺を茹で、スープを温めてどんぶりに盛り付けていく。5分ほどで着丼する。

深さのあるシンプルな器のなかに、王道のトッピングが美しくまとまる。
深さのあるシンプルな器のなかに、王道のトッピングが美しくまとまる。

スマートだが深さのある真っ白な器に、バラチャーシュー、半熟の味玉、太めメンマ、小口切りの青ネギにしっかり厚みのある海苔が立ち上がるオーソドックスな具材。鶏白湯のスープは匂いを立ち昇らせつつも、たっぷりしたトッピングに隠れて見えない。丁寧に手をかけた美しきビジュアルだ。

スープをレンゲでひとさじ、鶏白湯らしいトロミだが口に運ぶと思ったよりもさらり。いわゆるコラーゲンのベタつきもなく鶏の臭みもない、上品な旨味が広がる優しい鶏スープだ。次に炙りの香ばしさを視覚からも主張するチャーシューをかじると、厚手の肉がホロっと崩れる。脂が適度に落ちて肉の味をしっかり堪能できる。そこにスープがしっとりと染み込む。

半熟の黄身が絶妙な味玉を堪能しつつ、啜った麺は中細のストレート麺でつるりともっちり、スープを徐々に吸いながら存在感を増す。聞くと中野の老舗製麺所『大成食品』の麺だという。

ひとつひとつの構成が奇を衒(てら)わず、うつくしく完成された一杯と感じる。
ひとつひとつの構成が奇を衒(てら)わず、うつくしく完成された一杯と感じる。

見上げるとバックバー、シメの一杯はグラスかどんぶりか

目の前をよく見ると、並ぶボトルは「好きな」ヒトのセレクトであった。
目の前をよく見ると、並ぶボトルは「好きな」ヒトのセレクトであった。

麺の安定した美味しさに納得し、先日は大成食品の直営『上海麺館』に取材した旨を伝えると、なんと喜田さんは系列で製麺所近くにある『麺彩房』の出身であるとのこと。「中野に店を出すと言ったら、うちの麺使うでしょって(笑)」などおっしゃるが、麺の選びや完成度の高さが腑に落ちる。

打ち解けた話になってきたところで、今更ふと喜田さんの背後にあるボトルに目がいく。北の名品「厚岸蒸溜所」が二種類並ぶのに視界がロックされ、よく見ると隣は「イチローズモルト」のリーフラベルシリーズが3種、並びに更にモルト&グレーンのシルバーとホワイト、あとリミテッド。えええ??と反応すると「奥にもいろいろ隠れてますよ」という。

自分が好きなものじゃないと自信を持っておすすめもしにくいし、と笑う喜田さん。
自分が好きなものじゃないと自信を持っておすすめもしにくいし、と笑う喜田さん。

「最初は、ビールのほかに焼酎とかを置いていたけど。ちゃんと説明してお勧めできるのが、元々自分が好きなウイスキーのほうで、こうなっていったんだよね」という喜田さん。いやこれは、かなり好きな並びじゃないですか、というと「スプリングバンクがお好きなら、同じオーナーが再建した、最近になって限定量だけ作られているモルトで……」と更に奥からキャンベルタウンのボトルが出てまいりました。

元々ディナー営業の深い時間に、シメのラーメンを求めてやってくる常連さんたちがバーで飲んだ後に来ることを考えてのチョイスだったそう。「普通ラーメン屋で少し飲みたい、っていうとビールがメジャーだけど。バーでカクテルや蒸留酒飲んできた後に、ビールに戻るのもなんだかなという感じもあるじゃない」という喜田さん。客席後ろの壁に貼られた、お勧めの飲食店のショップカード入れに並ぶ多くはバーやワインの美味しいビストロなど。これでは、止まり木から家に帰る途中の夜の鳥たちが、また飛び立って行ってしまうのでは。

さすがあやかし・鵺の名を冠するだけはある。早くこの“禁酒法時代”が終わり存分にシメの一杯を迷う日が来ることを今は願う。

筆者のお勧めでもあるマニアックなシェリー専門店(代々木上原)の姉妹店が刺さっていた点で、もう心は夜空に飛び立った。
筆者のお勧めでもあるマニアックなシェリー専門店(代々木上原)の姉妹店が刺さっていた点で、もう心は夜空に飛び立った。
住所:〒164-0001 東京都中野区中野5丁目36−14/営業時間:11:30~14:30 ※変更の場合あり/定休日:月・火/アクセス:JR中央線・地下鉄東西線中野駅から徒歩5分

取材・文・写真=畠山美咲