板橋民に愛されるリーズナブルでボリューミーなランチコース
板橋駅西口前の飲食店が集まる一角に店を構える『パリ4区 板橋店』。2008年にオープン以来、本格的なフレンチのランチコースをリーズナブルな価格で食べられるとして、地元のグルメなお客さんが足しげく通う。
ランチコースは自分の好みのメニューを選べるプリフィックス式。前菜とバゲットに加え、魚料理または肉料理を選べるMenu Aは1600円。今回はデザートとコーヒーも付く2200円のMenu Bをオーダー。この日の前菜は魚介のサラダや、コンソメスープ、フランス語で田舎風のパテを意味する、パテ・ド・カンパーニュ。選ぶのに迷っていると、「プラス380円だけれど、今日はニンジンのムースもあります。前菜に選ぶお客さんが多いですよ」とオーナーシェフの川久保勇雄さんが教えてくれた。
伝統にオリジナリティをミックスしたニンジンのムースは必食
前菜のニンジンのムースからいただく。味付けはバターと少量の生クリームのみ。国産のニンジンをバターでじっくり過熱して水分を飛ばすのがポイントだ。ニンジンの臭みがなくなり、本来の甘みが引き出されるから、濃厚でおいしい!
ニンジンのムースは日本でも多くのフランス料理店がメニューとして出している。主流はニンジンのムースにコンソメゼリーがのっていて、その上にミントや少量のウニを飾りのように添えているタイプだ。しかしここ『パリ4区』のニンジンのムースは一味違う。コンソメではなく昆布だしで味を抽出したゼリーで仕立てている。この珍しいゼリーは、シェフ川久保さんがコンソメのような動物性の食材使わないメニューが何かできないかと試作しながら着想を得たのがはじまりだ。
「オリジナリティも必要だと思い、いろいろ試作をしていたんです。アボカドとカニのサラダを別に作っていて、昆布ゼリーはまた別のメニューとして作っていたものでした。それをニンジンのムースと合わせてみたらどうなるかなと思って試してみたんです。正直何が売れるかわからない中、出してみたら思ったより人気が出ちゃって」と川久保さん。
「偶然の産物」だと言うが、今ではこの一品をお目当てに来るお客さんも多い。思わずうなるようなおいしさで、出合えた日は逃さず食べたい。
市場まで直接出向いて買いつける新鮮な魚をメインに
「お肉料理もいいけれど、ランチコースならお魚がいいですよ。食材は豊洲市場に出向いて、自分で選んで買ってきています。味付けや火の入れ方、どんなふうに調理をするとその魚が一番おいしくなるのか。直接見てみないとわからないですからね」とシェフ川久保さん。
「調味料は入れれば入れた分だけそれなりの味になる。でもそれだと素材が調味料にまきこまれちゃって、あとで“何を食べたっけ?”となるでしょ。“いかに調味料を少なくして素材そのもののうま味を引き出すか”を大事にしています」
夏が旬のスズキのポワレは、ふっくらと焼きあがった身に、パリッと焼かれた皮がいいアクセント。クリームソースにはボイルしたもち麦が入り、牛乳で濃厚さをプラスして伸ばしている。川久保さんは「フレンチの基本となる調理法やソース、出汁のとり方は変えずに、流行を取り入れています。もち麦も今の流行でしょ」と柔軟な姿勢だ。
料理人として腕を磨き続ける理由
川久保さんは修業時代を経て自身の店『パリ4区』を西新宿からスタートさせた。当時は人を雇い、伝統を重んじた高級志向の店として繁盛したが、川久保さん自身が「なんだか形に囚われちゃって苦しくなってきて。もっと自由にやりたくなった」ので、板橋に実験的なメニューを出す『パリ4区 板橋店』を開いた。今は夫婦ふたりでここ板橋店を営む。
ざっくばらんに話をしてくれる川久保さんだが、キッチンでは眼光鋭く、ちょっと怖いくらいのオーラを放つ。
「昔は気に入らない調理場の先輩に料理勝負を仕掛けていてね。同じ料理を作って、周りの人にどっちがおいしいか判定してもらうの。勝ったら言うことをきかせられるから(笑)。でもね、結果は負け、ずっと負け続き(笑)」
武勇伝を語り、力を誇示するのではなく「自分なんてとても及ばない、尊敬できるシェフはたくさんいる」と言う。だからこそ川久保さんは創意工夫と進化を怠らず、レシピと腕を磨き続ける。それが『パリ4区 板橋店』のオリジナルなおいしさにつながっている理由だ。
構成=フリート 取材・文・撮影=宇野美香子