江戸っ子の洒落が満載
磨かれたL字の縁側の先、枝木と花が彩る庭に言葉を失う。錦鯉(にしきごい)が泳ぎ回り、池の水音、風鈴の音が耳に涼しく、吊り行灯(あんどん)が風流を添える。“キングオブ縁側”と称されるだけあり、旅館のような贅沢感。とはいえこちらは普段、男湯。
「小さいけど、女湯に無料サウナを20年前に設けました」と、店主の松本康一さん。水をかけると蒸気が一気に立ち、これを楽しみに訪れる常連も多い。
駅近から東西の住宅地へ、数珠つなぎのように点々と銭湯が8軒連なる北千住。戦禍はあったと聞くが、焼失を免れ、昭和初期建築の威風堂々とした唐破風宮造りを守り継ぐ銭湯の多い こと。板に“わ”“ぬ”と記し、営業を知らせる木製案内板や、弓と矢を吊り下げて“ゆに入る”とかけた銭湯看板など、江戸っ子の洒落が満載。
大黒天を塀の瓦に載せたり、見事な宝船の彫刻を玄関上に掲げたりと、店名になぞらえた飾りも見ものだ。脱衣場の格(こうし)天井、富士山のペンキ絵など、東京特有の銭湯アートがたたみかけ、それぞれの風情に魅了されてしまう。
手入れの行き届いた庭に胸がすく
「昔は、赤ちゃんを銭湯が預かって、体を拭いてあげる間に、お母さんがゆっくり浸かるってことができたそうですよ」と、『タカラ湯』3代目の松本康一さんは、温かなエピソードを教えてくれた。赤ん坊の頃から銭湯のなじみ客になれるとは羨ましい限り。足立区ではその灯を消さぬよう、幼児、小学生、中高生、大学生と、きめ細かい学割サービスを設けているという。
湯船の中で顔見知りになり、よもやま話に花が咲くことは珍しいことではない。井戸水の沸かし湯をはしごしながら、銭湯文化が根強いこの街で、人情と風情と伝統を満喫したい。
『タカラ湯』店舗詳細
取材・文=佐藤さゆり(teamまめ) 撮影=高野尚人
『散歩の達人』2021年6月号より