DNAを揺さぶる……いや、細胞にひたひたしみいるような味わい。小麦粉不使用、使う油は、1種のカレー1人前につきわずか3gほど。構造は軽やかなのに、味の密度は濃い。店主の宇賀村敏久さんの考えを聞き、この味わいが生まれた理由に合点がいった。
出汁がおいしくひければ、おいしいカレーになるはず
「そば屋のカレーってすごくおいしいですよね。それはきちんとひいた出汁を使っているからです。極端なことを言うと、出汁が上手くひければそこからまずいものをつくる方が難しい。おいしい出汁に適したスパイスを合わせれば、おいしいカレーが出来上がると信じていました」
宇賀村さんが創りたかったのは、なにもそば屋のカレーではない。順風満帆だったデザイナーの仕事を辞めてまでカレー屋を開きたかったのは、日本人にしか創れない新しいカレーを生み出したかったからだ。
カレーの根幹は、和素材由来の旨味
出汁への造詣の深さは、高校1年生から20歳まで和食料理店で働いたことが大きい。納得のいくカレーを創るべく、スパイスの学校に通うこと2年。“スパイスコーディネーターマスター”という上級資格を取得した。開店前の1年は、なじみの地、浅草で間借り営業をし、トライアンドエラーを繰り返す。新しきカレー創りはどんどん変化していった。
結果、カレーの骨格を成す出汁の素材は7種に決定。丸鶏それも親鳥の銘柄鶏、本枯れ宗田がつお節、日高昆布、宮崎県産干し椎茸、スルメ、片口イワシ、さば節。スパイスは約32種を駆使し、カレーごとに厳密に調合する。八角や陳皮、オールスパイスなど、インド料理店ではまず見かけないスパイスを用いるのは、独自に研究を重ねた結果。誰かの教えに則(のっと)ったわけでも奇をてらったわけでもない。さらに店では、醤油とみりんを合わせた「かえし」で塩味の調整を図っている。
──宇賀村さんにとってカレーとは?
「引き算の料理ではなく、足し算にもかけ算にもなる無限の可能性があるものです」
海老のビスクカレー、スパイシー肉じゃがカレー、梅サバキーマカレー……週替わりで提供するカレーもあり、新生カレー誕生の夢は尽きない。浅草観音裏の小さなカレー屋は夢をつないで走り続ける。自由は続くよ、どこまでも。
取材・文=沼 由美子 撮影=金井塚太郎
『散歩の達人』2020年9月号より