下町の大衆酒場を彷彿させる、にぎわいに満ちた居酒屋

オフィスビルが立ち並ぶビジネス街であり、駅の高架下に飲み屋街もある有楽町。JRの各線や地下鉄が通る有楽町駅。地上には在来線と東海道新幹線の高架が並行している。

JR有楽町駅から高架に沿って新橋方面へ進んで行き、ガード下をくぐって銀座駅側へ。振り返って高架を見上げれば、数分おきに通過する新幹線が見える。そんなロケーションにあるのが、1976年創業の『居酒屋 金陵本店』だ。

店舗2階の障子に大きく記された店名が目を引く。大小さまざまな提灯も印象的だ。
店舗2階の障子に大きく記された店名が目を引く。大小さまざまな提灯も印象的だ。

出入り口の引き戸を開けると、すぐ右側に2階へ続く階段があり、正面は厨房になっている。壁には粋な役者絵(歌舞伎絵)がズラリ。席と席の間隔が近く、営業が始まれば下町の大衆酒場のような、ワイワイガヤガヤとした活気に包まれる。

「ギュウギュウで、夏はちょっと暑い感じもするのですが、昭和の居酒屋を思い出して懐かしいんです」と女将の武田理沙さんは笑う。武田さんが女将になったのは2022年。初代店主は、武田さんのお父さんだ。

テーブルとイスが所狭しと並ぶ1階。営業時間中のにぎわいは、活気あふれる昭和の居酒屋を思わせる。
テーブルとイスが所狭しと並ぶ1階。営業時間中のにぎわいは、活気あふれる昭和の居酒屋を思わせる。

店名は、香川県で1789年(寛政元)に創業した日本酒の蔵元・西野金陵さんの地酒「金陵」が由来。

「ウチの創業当時、『金陵』は関東ではまだ知名度が低かったんです。西野金陵さんが東京に進出するのにあたって、東京での取り扱い1号店という意味で屋号を使わせていただいた、と聞いています」

1階に対して、2階の客席は比較的ゆったり座れる。正面の壁には、画家・伊藤若冲の鶏の絵が。
1階に対して、2階の客席は比較的ゆったり座れる。正面の壁には、画家・伊藤若冲の鶏の絵が。

そのため同店の看板商品と言うべきお酒はもちろん清酒「金陵」で、常時数種類の銘柄を扱っている。最近では都内でも「金陵」が飲める店が増えているようだが、複数の銘柄を提供しているのはまだまだ珍しいという。

地酒とともに味わいたい、こだわりの料理が目白押し

関東では珍しい日本酒もさることながら、手作りにこだわった料理の数々もまた『居酒屋 金陵本店』の魅力。メニューは約80種類あり、定番のおつまみから変わり種まで、幅広くそろっている。

武田さんにイチオシを伺うと、親爺のげんこつ880円が挙がった。これは、香川県から取り寄せた親鶏のもも肉を特製のタレに浸け込み、黒胡椒をたっぷり振って焼き上げた一品。香川県の名物グルメ・骨付鳥をアレンジしたメニューだ。

オリジナルのタレに浸けた親鶏のもも肉をスパイシーに味付けし、グリルで焼いていく。
オリジナルのタレに浸けた親鶏のもも肉をスパイシーに味付けし、グリルで焼いていく。

「香川県では、骨付きの親鶏を使うらしいんですよ」と武田さん。「でも関東の人が食べる場合、なかなか骨ごとはかじりつけない。なので、骨がないもも肉を使っています」。

焼き上がったら包丁でひと口大にカット。力の入れ具合から親鶏ならではの硬めの肉質が伝わってくる。
焼き上がったら包丁でひと口大にカット。力の入れ具合から親鶏ならではの硬めの肉質が伝わってくる。

親鶏のもも肉は、締まりのあるコリコリとした歯応えが特徴で、かむほどに旨味があふれ出す。醤油、ニンニク、みりんなどをブレンドしたタレと、ガツンと効いた黒胡椒が生むパンチのある味わいは、日本酒やビールにぴったり。

黒胡椒をしっかり効かせたスパイシーな親爺のげんこつ。濃い味付けと歯応えのある食感がたまらない。
黒胡椒をしっかり効かせたスパイシーな親爺のげんこつ。濃い味付けと歯応えのある食感がたまらない。

同店の名物メニューとして、焼き鳥をはじめとした串焼も外せない。武田さんは「厨房にある焼き台で、ちゃんと炭を起こして、ベテランの職人が丁寧に焼いているのが売り」とアピールする。

職人さんが大量の焼き鳥を手際よく焼き上げていく様子は、店舗の外からよく見える。
職人さんが大量の焼き鳥を手際よく焼き上げていく様子は、店舗の外からよく見える。

串焼のバリエーションは、ねぎま、皮、砂肝といったとり串焼(各種1本)190円をはじめ、ぶた串焼(各種1本)190円、銀杏串焼330円など多種多様。注文時に塩かタレを選べて、どちらも秘伝の味付けだ。

とり串焼の皮、ねぎま、銀杏など、炭火で仕上げた各種串焼。単品のほか、8本セットの盛り合わせも。
とり串焼の皮、ねぎま、銀杏など、炭火で仕上げた各種串焼。単品のほか、8本セットの盛り合わせも。

魚料理では、あじなめろう660円がおすすめ。粗く刻んだアジに、ネギと自家製ニンニク味噌をからめたメニューで、コクがありつつ、さっぱりとした味わい。

「ニンニクと薬味を効かせた味付けが人気のおつまみですね。なめろうって、アジを細かく刻んだり包丁で叩いたりしますけど、ウチのは身がゴロッとしていて、食べ応えがあるんです。日本酒とよく合いますよ」

自家製ニンニク味噌をからめた、あじなめろう。身の食感も楽しめるよう、アジは粗めに刻んでいる。
自家製ニンニク味噌をからめた、あじなめろう。身の食感も楽しめるよう、アジは粗めに刻んでいる。

日本酒の目玉は、前述のとおり清酒「金陵」だ。辛口本醸造(燗・冷各種)1合500円、瀬戸内オリーブ(純米吟醸)グラス500円、濃藍(純米吟醸)グラス880円など、それぞれ飲み比べたくなる。また季節に合わせた限定酒も登場するらしい。

そのほか、青森県「豊盃」、新潟県「越乃景虎」、山口県「獺祭」といった地酒も。これらの日本酒は4合ボトルでも注文できるので、多人数で酌み交わすにはもってこい。

日本酒は、店名の由来でもある香川県の清酒「金陵」を筆頭に、ツウを唸らせるラインアップ。
日本酒は、店名の由来でもある香川県の清酒「金陵」を筆頭に、ツウを唸らせるラインアップ。

そして締めには、一つひとつ手作りされた焼きおにぎり(2個)450円を。武田さんいわく「カツオ節と醤油で味付けして、注文が入ってからグリルでこんがり香ばしく焼いています。表面がおせんべいみたいになっていて、ホントにおいしいですよ」。

注文を受けてからグリルで表面をカリッと仕上げる焼きおにぎり。締めに食べたいご飯ものだ。
注文を受けてからグリルで表面をカリッと仕上げる焼きおにぎり。締めに食べたいご飯ものだ。

その言葉どおり、おにぎりの表面はカリッと、中はふっくら。また、焼く前にしっかり味付けされており、内側まで均等に味が染みているのもポイント。だからこそ最初から最後まで、醤油とかつお節の風味が豊かに感じられるのだ。

おにぎりを割ってみると、中まで醤油が染みている上、かつお節が混ぜ込んであるのがわかる。
おにぎりを割ってみると、中まで醤油が染みている上、かつお節が混ぜ込んであるのがわかる。

香川県の地酒「金陵」を味わいつつ、ハイクオリティな料理で胃袋を満たせば、明日への活力が湧いてくる。とくに香川県のご当地グルメを関東向けにアレンジした親爺のげんこつには、ぜひとも「金陵」を合わせたい。

お客さんの心をつかむ、劇団のような店づくり

オフィス街にあるがゆえに『居酒屋 金陵本店』のお客さんは、近所に勤めている人が多い。常連客の中には、大学生や新入社員の頃から通い詰めている古参ファンも大勢いる。そんな同店を切り盛りする武田さんは、「お客さまよりも楽しく働く」ことを心掛けているという。

いつもにこやかな店長の榎さん。ビールを注ぐスペシャリスト「神泡マイスター」でもある。
いつもにこやかな店長の榎さん。ビールを注ぐスペシャリスト「神泡マイスター」でもある。

「スタッフが楽しそうに働いているところじゃないと、お客さまだって楽しくないですよね。スタッフのみんなにもたまに言うんですけど、金陵劇場の始まり、って。毎日、劇団の興行をやっているみたいだから(笑)」

そう語る武田さんは、お店に出勤することを「楽屋入り」と表現する。スタッフ一人ひとりに役割=キャスティングがあり、女将や店長、従業員といった役柄を各人が演じるイメージだ。

偶数月の第1土曜日には、“有楽町ガード下 寄席「ゆうらくご」”というイベントを開催している(写真提供=金陵本店 )。
偶数月の第1土曜日には、“有楽町ガード下 寄席「ゆうらくご」”というイベントを開催している(写真提供=金陵本店 )。

「お客さまにウチのファンになってもらうことが大事という意味でも、役者とか舞台俳優に近いんですよ。お酒や料理がおいしいのはもちろんだけど、あの人がいるお店に行こう、って思いますよね。私も飲み歩くのが大好きだから、その気持ちはよくわかります(笑)」

武田さんを筆頭に、従業員が楽しく働いているからこそ、店全体に活気が生まれるのだろう。「有楽町でいちばん居心地のいい居酒屋」を目指して、今日も金陵劇場の幕が上がる。

住所:東京都千代田区有楽町2-1-20/営業時間:17:00~22:05LO(フード21:45LO)/定休日:日(祝前日は営業、翌休)/アクセス:地下鉄日比谷駅から徒歩2分、JR・地下鉄有楽町駅から徒歩3分

構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=上原純