小雪が降る寒空の中、濡れた道を川沿いに歩く。おっ……あったぞ。だんだんと、駅に近づいてみると……。

な・ん・ちゅ・う・昭和感! いや、ここだけは間違いなく昭和だ。平屋モルタルの建物の上半分はトタンが張られ、そこに一文字ずつ「中央弘前駅」と薄っすらと光る電光看板が並ぶ。シブいアルミサッシの引き戸の奥から漏れる、蛍光灯の光が何だか暖かそうだ。

中へ入ると、こちらももれなく時が止まっている。ヒビの入った剥き出しコンクリートの床、背もたれに広告看板があるベンチ。ほぼ1時間に1本だけの時刻表、鉄の柱1本1本からはすさまじい年季を放ち、まるで博物館の「お手を触れないでください」の展示物を眺めている気分だ。

ジリリリリリリリリ……!!

突然、駅舎内にけたたましく鳴るベルの音。ちょうど電車が発車するようだが、お年寄りの心臓には悪いかもしれない。

小雪を背景に、ガタンゴトンとゆっくり動き出すフルメタル……いや古メタルな列車を見送る。こんな時代錯誤な駅舎があったことに、感動とうれしさが込み上げてくる。私のレトロ建築好きのカテゴリに「駅舎」が新たに追加された瞬間だった。

さて、この最高の気分で本命のレトロ酒場へ向かわない手はない。

駅からさらに歩いて数分。お目当ての酒場が見えてきたが……。

な・ん・ちゅ・う・昭和……いや、明治感! ここだけは間違いなく明治維新真っ盛りだ。店先には銅製の屋根でできた門、明治時代の花街にでもありそうな高級料亭風だ。

門には「郷土料理」と一文字ずつ提灯がぶら下がっているが「土」の提灯だけが裸電球になってる。その下には「弥三郎」と大書された橙色の暖簾(のれん)が素敵だ。大至急、中へ入ってみよう。

 

「いらっしゃいませ」

おおっ、これはまさに高級料亭の内観。ちょうどいい光量の店内は、半分がお座敷、もう半分が一枚板のカウンター。古さを残しながら、どこかシックで落ち着いた空間……これはもう、座ったら長っ尻は確定だ。

カウンターに座ると、女将さんがおしぼりを、奥の調理場からは白衣のマスターが「これ、突き出しです」と小鉢を目の前に置いた。白割烹着が似合う女将さんだが、シュッとしていて緊張してしまう。何はともあれありがたく受け取り、まずは酒だ。

高級料亭だろうと大衆酒場だろうと、喉が渇いては瓶ビールからがお作法。この重厚なカウンターにも、キミはよく似合うぜ。

ごぐん……ごぐん……ごぐん……、タッハーやさぶろーうまさぶろー! キミはどこで飲んでも最高だよ。

突き出しでいただいた「めかぶの突き出し」は、めかぶの強烈なトロみと刻みしょうががバッチリグッド。こいつで分かった、確実に他の料理がウマいだろうということを!

料理名だけでは想像もつかなかった「タラ玉」がやってきた。実はなんてことない、その名の通りタラのさきいかを生卵で和えたものだったが、これがまたイケる。

さきいかの歯ごたえと、荒く溶いた生卵がこんなに合うなんて。キメの一味唐辛子がまたいい仕事をする。これは完全に我が家の晩酌案件となった。

 

「ちょっとすいませんね~」

そう言って、カウンター内で流していたテレビのチャンネルを替える女将さん。相撲から春のセンバツに切り替わった。すると、女将さんが……

 

「こっちの人ですが?」

「あっ……いや、東京ですが秋田出身です」

 

思わぬ質問に戸惑ったが、勢いで「高校野球好きなんですか?」と尋ねると、さっきまでのシュッとした出で立ちから一変。待ってましたというように「めちゃめちゃ好き」と破顔一笑。そこから、女将さんのトークショーが始まったのだ。

ちょうど春のセンバツシーズンで、青森からは八戸学院光星と青森山田の2校が出場しており、市内はどこに行ってもセンバツの話題で持ちきりだった。私が2018年の甲子園で日本中を席巻した金足農業高校出身だと伝えると、大いに盛り上がった。

盛り上がりの中でやってきたのがシャモロック手羽だ。オーブンから出てきてすぐ、ホッカホカの手羽からはたまらない香りが漂う。

ひと口食べると、肉の弾力と旨味が素晴らしい。さすがは元・闘鶏の青森シャモロック。本当は売り切れだった鳥刺しが食べたかったのだが、こちらが正解だったかもしれない。

そして、待ってました「ホタテ貝焼き味噌」! 以前、東京の西国分寺にある『西菜』ではじめて食べてから大ファンになった貝焼き。この本場で、ぜひとも食べたかったのだ。

ホタテなどの海産物や肉や野菜などを、丸ごとホタテの殻で焼き上げる大胆料理。こちらのは。巨大なホタテとエビがほぼ殻の面積を占めている。肉厚のホタテは甘みが濃厚で、弾けるような海老の歯ごたえも最高。まるで、天国みたいな味だ。

 

 

「東京から来たの? 第1試合で八戸が倒した~♪」

「お客さんは京都から来た? 第3試合で青森山田が倒した~♪」

相方を日本酒に代えて、しっぽりと飲んでいるとひとり、ふたりとカウンターに客が座る。その都度、女将さんが客の出身地を聞いてはセンバツの対戦高校だと分かると「青森が倒した!」とうれしそうに言うのが面白い。そこに私も混じって、いよいよ女将さんのトークショーが盛り上がってくる。

 

「アタシは酒飲みなのでいっぱい飲みたいの。2、3杯が半端で嫌い」という女将さんの顔がすごくまじめなので、まるで名言のように聞こえるから不思議。健康診断の話題では、先生に「どれくらいお酒飲みます?」と聞かれて「おなかいっぱい飲みます!」と答えたら、周りの看護師さんたちは苦笑したらしい。それでも先生にしつこく「何杯?」と聞かれて「そんなの数えて飲まねーべ!」と思ったらしいが、これには私も完全に同意だ。一番笑ったのが、採血で消毒する前に看護師から「アルコール、大丈夫ですか?」と聞かれて「大好きです♥」と答えたことだ。

シュッとしていたと思ったら、こんなかわいらしい方だったとは。他にも面白い話があったが、ここで書くことはできない内容ないので割愛する。

 

「騒がしくてごめんなさいね」

「いえいえ、楽しかったです!」

「また来てくださいね~」

「はい! ごちそうさまでした!」

少し混みあってきたので、私は席を譲ることに。こんなに楽しい酒場を占領するのは罪である。出口まで送ってくれる女将さんを見て、やっぱりもう少しだけいようかな……と思いつつも、店を後にする。

あっ、そうだ。夜の中央弘前駅の様子を見てから帰ろう。

思い立って駅に行ってみると、しんしんと降る雪の中に、柔らかい光を放つ看板。昼間とは全く違う落ち着いた魅力の駅舎だ。とりあえず、この駅舎の一角で女将さんと一杯……いや、いっぱい飲めたら最高だろうなぁ。

『弥三郎(やさぶろう)』

住所: 青森県弘前市鍛冶町23-2
TEL: 0172-36-6196
営業時間: 16:00~22:00
定休日: 日
※文章や写真は著者が取材をした当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。

取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)