生きたイチョウの木が観音さまに
親子連れでにぎわう、流山おおたかの森駅。少子化の今も小学校が新設されており、子育ての街として知られます。
増田さんが住職としてこの街にやってきたのは、2004年のことだそう。
増田さん:今でこそ流山は広く知られていますが、2005年につくばエクスプレスができる前は柏や松戸の隣の市だと言わないとなかなか伝わりませんでした。円東寺のある流山市市野谷に最初の舗装道路ができたのも平成に入ってからです。私が住職になったあとにつくばエクスプレスが開業して、あれよあれよと言う間に発展しましたが、それまではすぐそこまでキツネが来たりと、ほんとにのんびりしたところで。ここは市内にいくつもあった空き寺の一つで、本堂の畳の上に積もった土を掘って新しく畳を入れるところからのスタートでした。
そんな円東寺さんの最も新しい見どころは、「立木観音(たちきかんのん)」さま。30mほどもあった境内のイチョウの大木を、根を地中に残したまま彫られたのだそう。
増田さん:2012年、境内の前に新しく道路が通るのでイチョウの木を切ることになり、ならば仏像を彫ろうという話が持ち上がりました。岩手県出身の仏師、畠山誠之さんが、震災で亡くなった方の供養のために8年半かけて彫られたものです。
観音堂の隣の小屋には、仏像を彫っている男性陣が。
増田さん:こちらは観音さまを彫っていただいた畠山さん。亡くなられた檀家さんが生前に建てた小屋が仏像彫刻サロンになっているんです。
子育ての街を見守るお地蔵さま
本堂の反対側には、2023年に300年を迎えたというお地蔵さまの姿が。
増田さん:向かって右側が一番古いお地蔵さまで、2023年で300歳になります。2年後に残り五体が作られたようです。享保8年にこの市野谷地区の女性23人で作りましたという文字が見えます。昔は子供が成長するって大変なことでしたから、これからこの村が子供たちで繁栄するようにという願いや、亡くなった子供たちの供養もあって建てられたのではないかと思います。流山が子育ての街になる礎となったものだと思うので、非常に大事に思っています。
- 増田さん
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こちらは如意輪観音さまです。このあたりで盛んだった十九夜講(じゅうくやこう)の本尊様としてお祀りされています。「十五夜」のように月齢で数えた十九の日に若いお母さんたちが集まって、赤ちゃんが授かりますように、子供が立派に育つようにと祈っていたらしいんです。飲み会なんて許されないお嫁さんも、十九夜講だと言えば出られたそうです。私の想像では、こうすると殿方が喜ぶだとか、お姑さんの愚痴を言ったりしていたんだと思うんですよ。
──お寺で女子会のようなことが行われていたんですね! それが結果的に、女性のストレス解消や子宝にもつながると……。
漫画『火の鳥』と真言宗の世界観
- 増田さん
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私は大道芸もやっているので、お寺ですごく奇抜なことをやってると思われがちなんですけど、全然そんなことなくてものすごく保守的なんです。「お寺ヨーガ」という行事では仏教の瞑想をやっていますし、フリーマーケットもお寺だったら普通にやることなので。
増田さん:ほかには「大人の寺子屋」として不定期でいろいろな取り組みを開催していて、そのひとつ「デスカフェ」では、死生観を明るく話し合ったり、納棺体験を行ったりしています。
- 増田さん
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デスカフェでも話したのですが、小学生の頃に手塚治虫の『火の鳥』を読んで、ものすごく影響されました。真言宗の考え方も、それにすごく近いと思うんですね。『火の鳥』では、誰かが死ぬと“コスモゾーン”という宇宙生命になると描かれています。死後、原子や電子よりもさらに細かいものになって、世界中全てのものにその人が入っていき、自分と世の中の境がなくなるという話になるほどなと思ったんです。「千の風になって」という歌では私はお墓にいませんと歌われていますが、そうではなくて、お墓にもいるしここにもいる、と考えるんです。
- 増田さん:
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そうなんです。合掌した手やお位牌など、思いがあるところにそれが濃く現れる。器があれば形になるけども、器がなければ形はない。そういうものだと私は理解しています。ラグビーでいう「One for all ,All for one」のように、お互いがお互いに存在しあう関係になるということだと思います。
増田さん:物理的に考えても、人間の体の中には水分が70%くらいありますから、私の7割とみなさんの7割は同じじゃないですか。私を作っている水とみなさんを作っている水は、もしかしたら昔アマゾン川で一緒に流れていた友達の水だったかもしれませんよね。数万年後に、南極で隣同士の氷の粒になっているかもしれません。今はたまたまこうやって違う人間として存在しているかもしれないけど、実はみんな一緒ってことですね。
空海も実践した瞑想を体験!
- 増田さん
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お寺ヨーガで行っているのは、「阿字観(あじかん)」と呼ばれる、宇宙と一つになる瞑想です。一般の方もできる真言密教の修行ですね。お大師様(弘法大師空海)の時代には瑜伽(ゆが)と呼ばれていました。お大師様は瑜伽、つまりヨガを日本に持ち込んだ最初の人だと言われています。
増田さん:宇宙と一つになるといっても漠然としていてよく分からないと思うんですけど、例えば夏の高校野球に自分の母校が出場していたら応援しますよね。そこが負けちゃうと、関東の学校を応援したりします。世界大会があるとしたら日本の高校、銀河系大会があったとしたら、どこの国かは関係なく地球代表のチームを応援しますよね。
そんなふうにどんどん広がっていって、宇宙と一つになる。そうするとすべての人が自分の仲間になります。結婚式でよく「喜びは2倍に、悲しみは半分に」って言われますけど、喜びはものすごく大きくなって、悲しみはものすごく薄くなっていく。それが宇宙と一つになるという状態だと思います。生き物どころか小石にまで「こいつ何万年前からここにいたのかなあ」って友達みたいな感覚になったりするんです。自分が世の中と溶けていって、自分がなくなるような感じですかね。
仏像の手元が隠されているワケは?
──真言宗のお寺といえば、さまざまな仏さまが祀られているのも素敵ですよね。本堂の仏さまについても教えていただけますでしょうか。
増田さん:ご本尊は、江戸時代に作られた大日如来さまです。
増田さん:こちらはお大師さまです。本来は五鈷杵(ごこしょ)と数珠をお持ちなんですが、現在は失われてしまっています。
増田さん:こちらはお不動さま(不動明王)と、江戸時代の十二神将(じゅうにしんしょう)です。
増田さん:薬師如来という仏さまの隣の日光菩薩・月光菩薩、そのさらに外側にいらっしゃる親衛隊のような仏さまが十二神将です。キャンディーズが解散して、親衛隊だけが残ったようなものですね。十二神将はたいていもっと怖い顔をされていて、江戸時代のものでこんなふうにかわいらしくデフォルメされたものは珍しいそうです。
- 増田さん
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うちのお寺で一番古い、戦国時代の仏像です。バラバラになっていたものを修復したら腕が1本余りました。別の仏像の腕かもしれないし、なくなったと思って作ったらやっぱりありましたという話なのかなぁ。お地蔵さまなのに険しい表情をしていたりと、戦国時代の特徴がよく表れているそうです。
- 増田さん
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こちらは興教大師(こうぎょうだいし) 覚鑁上人(かくばんしょうにん) の像です。当時廃れてしまっていた真言宗を復興させた、私たちの真言宗豊山(ぶざん)派で大切にされている方です。真言宗では、手指を組み合わせてさまざまな印(いん)を組むのですが、そのとき必ず手を隠すので、その様子を表しています。印で特に有名なのは、忍者のポーズで知られる「智拳印(ちけんいん)」ですね。
増田さん:ちなみに合掌も印の一つです。真言宗で最も基本の合掌が「金剛合掌(こんごうがっしょう)」で、右手の親指が一番上になるように指を互い違いに合わせた形です。手のひらを合わせた「虚心合掌(こしんがっしょう)」と違い両手が離れづらいところから、最も固いという意味の「金剛」が使われています。金剛合掌でお参りをしたら「あれ!真言宗の方ですか?」と僧侶に言われるかもしれません!
──やってみると、確かに離れづらいですね!なんだか力が湧いてくるような感じがします。
増田さん:覚鑁上人がこの中で組んでいるのは「非内非外縛(ひないひげばく)」の印と言われる、お葬式のときに使う印なんです。中が見えないのでどういう形なのかいまだにいろんな説があります。仏像の姿もそうですが、後の人が経典をどう解釈するかによるんですよ。高橋留美子さんの『うる星やつら』でも、原作ではラムちゃんの髪の毛は虹色ですが、アニメではそれを上手く表せないので緑と解釈していますよね。
- 増田さん
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「自死・自殺に向き合う僧侶の会」でご一緒している、横須賀の独園寺ご住職の藤尾聡允さんにもぜひいろいろお話を伺ってみてください。元・銀行マンで海外赴任が多かったので語学堪能で、ダライ・ラマ法王が来日されたときに通訳をされた方です。いつも穏やかで、zoomを使った坐禅会には海外からもたくさんの方が参加されています。
――インターナショナルな坐禅会! ぜひ参加してお話をお聞きしたく思います。
増田俊康さんプロフィール
真言宗豊山派延命山円東寺住職。1970年、埼玉県大宮市(現さいたま市)生まれ。住職であった叔父に師事し一般家庭から出家得度。千葉県流山市の円東寺住職をつとめながら大道芸人“PRINCO ちゃん”として近隣の幼稚園や小学校などの各種施設、地域でパフォーマンス活動中。真言宗豊山派総合研究院布教研究所常勤研究員。『法話研鑽会』会員。『自死・自殺に向き合う僧侶の会』会員。流山市観光協会副会長、保護司を務める。著書『答えにくいこどもの「なぜ?」に お釈迦さまならこう言うね!』(主婦と生活社)ほか。
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取材・文・イラスト=増山かおり 撮影=円東寺、増山かおり