明治時代のご住職手掘りのトンネルを抜けて

オンライン坐禅会だけでなく、希望者には本堂での坐禅指導もされているという独園寺さん。坐禅はもちろんのこと、お寺までの道のりも『散歩の達人』的にはとっても魅力です。

最寄駅の京急線追浜駅周辺。懐かしい雰囲気の商店街に、横浜ベイスターズの旗がはためいています。

追浜駅から5分少々歩くと、こんな風景に。

その先にはミステリアスな「深浦隧道」が。追浜は起伏に富んだ土地で、こういったトンネルがいくつもあるそうです。

この道のりも、お寺の参道の一部のようです。

そのトンネルの先にある大国主社さんのお隣が…

今回お参りした独園寺さんです。かつては境内に大国天社というお社があり、明治元年の神仏分離令ののち、お隣の大国主社さんに合祀されたのだとか。

境内のシンボルとなっている玄奘三蔵(三蔵法師)像と共に……

ご住職の藤尾さんが温かく迎えてくださいました。

独園寺さんは、この地にあった古来の霊場に建立されたお寺なのだそう。境内には、岩を掘って作られた「やぐら」という墓地が見られます。岩肌を四角く掘った空間の中に、五輪塔(ごりんとう)と呼ばれるお墓が。鎌倉さんぽでもおなじみの風景です。

藤尾さん:やぐらは当時からのものですが、一部が崩れたり欠けたりしていると思われますので、形は変わってきていると思います。戦時中に裏山の霊場に軍事施設が作られた時に移設した五輪塔も含まれていますので、現在の配置になったのは昭和の初期からだと思います。

──お寺と街の歴史が刻まれているのですね。お近くの深浦隧道は、当時のご住職が掘られたというお話も耳にしました。
藤尾さん

約100年前、第11世泰嶺和尚が手掘りで開通させたものだそうです。最初は人が1人通れるくらいの防空壕のようなもので、2、3m掘っては土を出して作ったのだそうです。一度開通したあと、大八車が通れるような大きさに拡張され、その後昭和初期の頃に日本軍のトラックが通れるくらいに拡張されたと聞いています。

お寺の周辺には、現代の風景と地層がクロスする場所がたくさん見つかる。
お寺の周辺には、現代の風景と地層がクロスする場所がたくさん見つかる。
お寺の建つ深浦は漁師の街。お寺からほんの200mほど離れたところに、海が広がっている。
お寺の建つ深浦は漁師の街。お寺からほんの200mほど離れたところに、海が広がっている。
「かならずと 暁かけてちぎりしも 獨り園生の 入りあひの鐘」と刻まれた歌碑。江戸の文化人、旭松閣吉隆が撰した、三浦半島北部の景勝地の情景を詠んだ歌の一つ。
「かならずと 暁かけてちぎりしも 獨り園生の 入りあひの鐘」と刻まれた歌碑。江戸の文化人、旭松閣吉隆が撰した、三浦半島北部の景勝地の情景を詠んだ歌の一つ。
毎年お正月の「追浜七福神めぐり」でもおなじみだという恵比寿さま。昔はお正月になると恵比寿さまの版木に墨を塗って半紙に写し、お檀家さんに配布されていたのだそう。
毎年お正月の「追浜七福神めぐり」でもおなじみだという恵比寿さま。昔はお正月になると恵比寿さまの版木に墨を塗って半紙に写し、お檀家さんに配布されていたのだそう。

世界中の人々と一緒にオンライン坐禅!

横須賀市には米軍基地があるため、外国人の方が参拝することも多いのだとか。

初回のみ事前にメールまたはfacebookメッセンジャーで参加希望を送り参加する。以後は毎回共通のzoomのURLを開くだけで参加可能。
初回のみ事前にメールまたはfacebookメッセンジャーで参加希望を送り参加する。以後は毎回共通のzoomのURLを開くだけで参加可能。

藤尾さんが毎週土曜日20時からオンラインで開催されている「独園寺サタデーナイト坐禅会」にも、世界中の人々が集まります。

坐禅の前に設けられた「動禅」のパートで、心身をほぐしてから坐禅がスタートします。藤尾さんは太極拳を約40年続けている師範でもあり、太極拳を取り入れた動きです。呼吸とシンクロさせながら、ゆったりと体を動かします。

そしていよいよ、坐禅本番です。ひたすら自分の呼吸に集中しながら、15〜20分坐ります。スマホやパソコンを前に自宅で坐るのですが、中にはアメリカの夜明けの木の下で坐る参加者の方もいました。世界中で同時に坐禅をしていると思うとワクワクします。普段の自分の枠から、意識がふわっと拡大するような感覚がありました。

藤尾さんが英語と日本語で交互に説明してくださり、希望する参加者同士で感想をシェアする時間も設けられています。zoomの待機時間に他の参加者の方と挨拶を交わすこともでき、自然と国際交流を楽しむこともできました。一方で、カメラをオフにしても参加できたり、途中参加&退出も可能であったりと、とにかく参加のハードルが低くなっています。

家族の声がしていても不思議と集中できる瞬間もあれば、静かなのに気が散ったり、姿勢の乱れが気になってモゾモゾ動きたくなってしまう時間も。ところが不思議と、翌朝とても爽やかに目覚めることができ、一日をゆったり過ごすことができました。

──オンラインでの坐禅会を始められたきっかけをお聞かせいただけますでしょうか。
藤尾さん

2020年3月のお彼岸明け、コロナの恐怖が広がっている頃に、皆さんの心が安穏であることを願って始めました。余命宜告された方や難病で闘病中の人、自死遺族や希死念慮者が参加されることもあるので、心も身体も癒やされるような坐禅や動禅で身体が温まるだけでなく、ご参加の皆さんとのシェアリングで心も温まるような、優しく温かいプログラムにしています。ホスピスや入院中の病室から参加したり、椅子や車椅子、ベッドに横になった姿勢で行う方もいらっしゃいます。

人に見せたくない身体の障害や傷などがある方も参加できるようにと、メタバースでの坐禅会を行うこともある。
人に見せたくない身体の障害や傷などがある方も参加できるようにと、メタバースでの坐禅会を行うこともある。
──参加者の方と交流してもいいし、そういう気持ちになれないときはカメラオフにもできる点も魅力だと感じます。坐禅の翌朝すっきり目覚めることができたり、体力に満ちているような感覚で過ごせたことにも驚きました!
藤尾さん

リアルの坐禅会に参加されていた高齢者の方も、坐禅会の翌日は確実に血圧が正常値になっていると仰っていました。日常生活の中で1時間近くよい姿勢をとって深呼吸する時間はなかなかありませんからね。やはりそれが全身に繋がっていくのだと思います。

江戸期に作られた、御本尊の宝冠釈迦如来坐像。
江戸期に作られた、御本尊の宝冠釈迦如来坐像。
──よい姿勢と深呼吸を続けるのって、とても難しいですね。坐禅を長年続けていくと、違ってくるのでしょうか?
藤尾さん

初めてやった時と、毎週続けて半年、1年と経った頃とでは、だいぶ体の変化があると思います。自転車も、最初はブレーキのかけ方やハンドルの持ち方を意識しながら乗りますが、いったん乗れるようになると、もうそんなの関係ないでしょう。背筋が伸びるようになってくると深い呼吸ができるようになって、そこで初めていわゆる無になるような感覚がわかってきます。深い眠りの状態に近い、リフレッシュできるようなレベルになるんですね。1時間のうちそういう状態が1分か2分あるとして、それが5分、10分と延びていくような感じだと思います。でも、ずっと1時間その状態になる必要はありません。思考や感覚が湧いてくるのは当然なんです。そこで姿勢を正して、深い呼吸をして、また集中することを繰り返していきます。

──慣れていくと、坐禅の効果のようなものが深まっていくのですね。一方で、「坐禅は何かを得ようとしてするものではない」といった話を聞いたこともあり、その点も気になっています。
藤尾さん

初心者は、試合の前に心を落ち着けるため、交渉事の前に心を調えるため、など目指すものがあってもよいのですが、長く続けていくと消えていきます。最初から全てを手放そうと思わなくてもOKです。今の自分自身の自然体でスタートして、最初のうちは出来れば毎日続けていくと、何も目指す必要のないことに気づくでしょう。坐禅・動禅をすると、調身、調息、調心に繋がり、全てが調って行くことに気づくからです。継続していく中で、何かハッと気づきを得たり閃きがあったりします。

──その境地を目指して、続けてみたく思います!

600巻ものお経が凝縮された『般若心経』

──坐禅会では、『般若心経(はんにゃしんぎょう)』を唱える時間がありますね。短いのに、とても難しい内容だと感じます。
藤尾さん

般若心経の元のお経は『大般若経(だいはんにゃきょう)』といって、全部で600巻あります。それを262文字にまとめたものが般若心経なので、これだけを読んでもなかなか理解できないと思うんですね。『大般若経』600巻のうち、100巻以上は「空(くう)」という概念についていろんな例を出しながら説明しています。

──「空」は「色即是空(しきそくぜくう)」などで知られる言葉ですね。
藤尾さん

例えば、泡はフッと吹けばなくなってしまいますよね。 どこに消えたかというと、元々水だったから、水になっているだけです。空は「無常(むじょう)」という概念と一緒に理解する必要があります。例えば、積み木のお城を崩せば元に戻ってしまいますよね。ケーキも、卵や小麦粉、クリームやいちごなど、無数の要素から成り立っています。あらゆるものは一時的に形作られていて、一つの固定した絶対的なものはないということですね。

日常の苦しみから抜け出すための「八正道」

──仏教の世界には、そうした哲学的な要素だけでなく、日々誰にでも実践できる心掛けがあるとお聞きしました。
藤尾さん

仏教の基本的な教えの一つに、「八正道(はっしょうどう)」というものがあります。釈迦が悟りを開いた後に説いたもので、苦しみから解放されるための実践的な道筋を示しています。「中道(ちゅうどう)」とも呼ばれ、極端な苦行や享楽を避ける道です。いわば、ストレスや不安定な感情といった日常の苦しみから抜け出して、バランスの取れた生活を送るためのガイドラインです。

藤尾さん:「正見」とは、正しく見ること。一方向からだけでなく、あらゆる角度から見て、偏らない考えをするということです。「正念」は、英語にすると「right mindfulness」。“マインドフルネス”の語源ですね。念を正すということです。念の中には、邪念とか雑念、情念、怨念といった面もありますよね。そういう念が湧いてきたら、それに気づいて捨て去っていくという1つの修行です。「正定」には、坐禅をすることも含まれています。

ほかにも、仏教徒が実践すべき「六波羅蜜(ろくはらみつ)」というものもあります。みなさんがよくお聞きになる「布施(ふせ)」というのは、六波羅蜜の中の一つです。お金だけじゃなくて、人と接するときに優しい言葉遣いをすることもお布施なんです。

──坐禅会と同様に、日常をよく生きるヒントが詰まっているのですね。自死を考える方との手紙相談もボランティアでなさっていると聞きました。
藤尾さん

お寺で生まれ育っている私たちは、幼いころから家族を亡くした人の姿を見ていますからね。悲しみや辛さに触れ、何かできないかという思いを抱いていました。

昔海外で銀行の仕事をしていた頃、仕事の経験の中で部下が変わっていく姿を、子供を育てているような思いで見てきました。一方で、親しい人がうつになったり、自殺で亡くなることが何度もありました。プロレスラーだって政治家だって、追い詰められることはあります。でも、時間はかかるかもしれないけれど、人は必ず立ち直れます。どん底を見ることによって、それを糧にまた一回り大きくなっていきます。そのお手伝いができればという思いで、こういった活動を続けています。仏教に限らず、伝統的な宗教には、そういう人を応援する力があると信じています。

──この先どうにもならないことがあったとしても、こうして見守ってくださる方がいると思うと、心にお守りを持っているような気持ちです。
藤尾さん

自死・自殺に向き合う僧侶の会の共同代表の一人でもあり、日蓮宗大本山池上本門寺の塔頭寺院、永寿院の住職、吉田尚英さんにもお話を伺ってみてください。一級建築士でもあり、また「寺ネット・サンガ」の代表でもあります。お寺やお坊さんとあまりご縁のなかった一般の方々とのご縁結びの場として、2008年に作られました。「お寺っていいね」「仏教って素敵だね」そう言っていただける方が一人でも増えることを願う超宗派の寺院・僧侶のネットワークです。

――現代にもそんな僧侶の方々がいらっしゃることをうれしく思います。お会いできるのがとても楽しみです!

住所:神奈川県横須賀市浦郷町3-42/アクセス:京急電鉄本線「追浜」駅から徒歩15分、または田浦行きバスにて約10分「深浦」より徒歩3分

藤尾 聡允(ふじお・そういん)さんプロフィール
臨済宗建長寺派・独園寺第15世住職。「自死・自殺に向き合う僧侶の会」共同代表。明治大学卒業後、銀行員として海外に13年駐在。臨済宗瑞龍寺僧堂での修行を経て現職。国内外に向けて坐禅会を開催。楊名時八段錦・太極拳師範。

独園寺ホームページ https://dokuonji.jimdofree.com/
独園寺サタデーナイト坐禅会ホームページ https://dokuonji.jp/
藤尾聡允さんFacebook  https://www.facebook.com/soin.fujio

取材・文・イラスト=増山かおり 撮影=独園寺、増山かおり