ものづくりにこだわって辿り着いた浅草橋
飲食スペースは、酒屋時代に多くの人がお酒を求めて立ち寄ったであろう土間に。心がすっと落ち着く温かみのある色合い。壁に残っている横線は、当時お酒を乗せる棚があった跡だという。時代の痕跡と、モダンな調度品のバランスが心地いい。
入り口のそばの壁には無造作に欄間が立て掛けられていて、棚の上ではつい手にとりたくなるようなコースターやアクセサリーが輝く。これらは店主の山口斗夢さんのプロデュースによるもので、気に入れば購入できる。
山口さんが親族から譲り受けた欄間の事務所は清澄白河であったが、諸事情で移転を余儀なくされた。様々な土地をまわり、制作者である自分自身の作品との親和性を考えて、ものづくりの盛んな蔵前、浅草橋エリアで開いたという。
元々親族が欄間の職人であったことから欄間を取り扱うことが多く、展示されている小物も組子欄間で使われる麻のデザインのものが多い。
きめ細やかで繊細な意匠の小物は、眺めているだけで目に楽しい。
「欄間というのは日本建築で天井と鴨居の間に置かれる建具です。組子欄間という様式で麻の葉のデザインをよく使うので、そこからもれる光というイメージで『葉もれ日』という店名にしました」と山口さんは教えてくれた。
提供する料理は可能な限り自らの手で作りたいという思い
今回注文したのはスパイシーチキンカレー700円とケニア産のホットコーヒー500円。
『葉もれ日』のコーヒーは都内でも珍しいインド産のコーヒー豆で淹れたものが人気。あいにくこの日は品切れしていた。
「インド産のコーヒーはあまり見ませんが、友人とインドのコーヒー豆関連の輸入を行なっていて安定的に仕入れることができるんです」と山口さんは言う。
レジやコーヒーを淹れるカウンターは、客席がある土間の奥の小上がりにある。客席よりもカウンターの方が高く、まるでステージを見上げるようにコーヒーを淹れる様子を観察できる。
カウンターには世界各地のコーヒー豆が並び、量り売りも受け付けている。つやつやしたボトルの中のコーヒー豆たちは家に連れて帰りたくなってしまう。
試行錯誤を重ねたという手作りのスパイシーチキンカレー700円は『葉もれ日』の看板メニュー。スパイスの効いたカレーは刺激的だが深みがあり、辛さは後に残らない。鶏は柔らかく味がしみ込んでいる。そしてごはんは、本格的な長粒米かと思いきや、一口食べただけでおいしさのわかる日本のごはん。ふっくらと炊かれて甘みと旨味を存分に感じられ、刺激的なカレーと絶妙に調和する。
山口さんの実家である宮城から仕入れた自慢の米だ。
食後にケニア産のコーヒー500円をいただく。コーヒーは、麻の葉のコースターに乗って提供される。ケニア産のコーヒーはフルーティーで華やかで豊かな酸味が特長。
ひと口飲んでみると、ケニア産の特長である酸味は大いに残しつつも、しっかりとした苦みも感じられるバランスのいい焙煎具合だ。
『葉もれ日』のコーヒーは手回しロースターで自ら焙煎をしている。
「やはりお店で出すものだから、自分で作って自分が一番いいと思えるものを提供した方がいいかなと思って、コーヒーの焙煎もやっています」と山口さんは言う。
目指すのは交流の場である町の喫茶店
歴史ある当時の雰囲気を色濃く残す店内でコーヒーを飲んでいると、まるでなじみの酒屋に立ち寄って談話しているような気分になってくる。
「この町は下町らしさがまだ残っていて、コミュニティが感じられるんです。だからここも地元の人たちが気軽に立ち寄って、近所の人たちと話をしたり情報交換したりという場所になっています。そういったコミュニティスペースとして、それこそ町の喫茶店のような感じでいたいですね」と山口さんは柔らかい日差しの射し込む店内で穏やかに語る。
フォトジェニックで、おいしいコーヒーを提供する『葉もれ日』には、浅草橋以外からも、ものづくり関係の人や、写真好きの人たち、カフェ好きの人たちが立ち寄る。その一方で地元の人たちの交流の場としての顔も持っている。
心が満たされる調度品と内装に囲まれて、下町の和やかな空気を存分に感じながらおいしいコーヒーを啜る時間を楽しむのなら『葉もれ日』のガラス戸をくぐろう。
取材・文・撮影=かつの こゆき