異国情緒あふれる雰囲気の中で楽しむ伝統の味
日本でも珍しいトルココーヒー専門店は、複合商業施設『reload』のすぐそばに店を構える。二人掛けの席が二組と四人掛けの席が一組のみのこぢんまりとした店内には、照明や壁面、カウンターまわりなど随所にターキッシュな要素が散りばめられている。なかでも、ひと際目を引くのが、その場でトルココーヒーを作れる砂入りのテーブルだ。一瞬で異国に足を踏み入れたかのような思いがして気分が高揚する。
小山さんは、内装について「ちゃんとトルコ、ちゃんと東京」をコンセプトにしたと話す。東京の都会的な雰囲気の中に、トルコのエキゾチックさを融合させ、味覚だけでなく視覚でも楽しめるような空間を生み出している。
トルココーヒーは、細かく挽いたコーヒー豆と水、好みで砂糖を小鍋で一緒に煮立てて作られる。その名のとおり、トルコのイスタンブールが発祥で、1500年代半ばには庶民の間にもコーヒーとともにこの飲み方が普及したと言われている。これがコーヒーの起源となり、その後トルコからヨーロッパ、世界へと広がっていった。
そんな伝統的なトルココーヒーを、この店では豊富なバリエーションで提供している。基本のスタイルとなるベーシックコーヒーから、それにカルダモンやシナモンといったスパイスを加えたスパイスコーヒー、水ではなくミルクで煮出すミルクコーヒー(その中でも数種類のフレーバーを用意)まで様々あり、目移りしてしまう。
さらに、飲み方もホットとアイス、ラテから選べるのだが、小山さんによると「アイスとラテは本場トルコにもない完全オリジナルの飲み方」だという。ちなみにラテは、ミルクで煮出すミルクコーヒーとは異なり、水から煮出したコーヒーにミルクを加えて作られる。また、スペシャルターキッシュコーヒーとして提供しているウイスキーやラムなどのお酒と合わせたコーヒーも、この店のオリジナルだ。
今回は、コーヒーの風味と相性のよい素材を合わせて楽しむアロマティックコーヒーの中からヘーゼルナッツをオーダー。豆と同じくらい細かくしたヘーゼルナッツが合わさっているため、ナッツの風味も同時に楽しめるのだという。
早速、ジェズヴェと呼ばれる銅製の小さな鍋が熱せられた砂で温められていく。数分ほどすると、鍋の中から泡がムクムクと湧き上がってきた。「一種のエンターテインメントですよね。これを楽しみに来られる方も多いんですよ」と小山さん。完成したコーヒーは、フィルターで濾さずにそのままカップに移して飲むため、上澄みを味わうのが本場の飲み方だ。
トラディショナルセットで頼めば、トルコの伝統菓子であるロクム(またはチョコレート)と水が一緒に供され、より現地の伝統的な楽しみ方が体験できる。小山さんは、「トルコでは水で先に口の中を清めてからコーヒーを飲むんですよ」と教えてくれた。
初めて味わうトルココーヒーは、普段口にするドリップコーヒーと風味や飲んだ後の余韻がかなり異なり新感覚だった。直に豆を煮出しているため、香ばしさをより感じられる。別名“ターキッシュデライト”とも呼ばれるロクムは、砂糖にデンプンとナッツを加えて作られる。あんみつに使われる求肥を思わせるような、和菓子にも通じる味わいと食感がクセになるおいしさだった。
本場トルコ人も太鼓判を押すおいしさ
もともとコーヒーやカフェが好きだったという小山さん。たまたま旅行でトルコを訪れた際に、その文化をはじめとする魅力に惹かれたという。独学でトルココーヒーについて学んでいくうちに、自身がインプットしたものをアウトプットしていきたいという想いを持つようになり、2019年からキッチンカーでの営業を始め、2022年7月にこの店をオープンさせた。
日本で飽和状態となっているコーヒー・カフェ業界の中で、唯一とも言えるトルココーヒー専門店は貴重な存在で、今ではこの店を目的に遠方から訪れる人もいるほど。また場所柄、日本人のみならず外国人も多く訪れるといい、トルココーヒーを飲む文化があるトルコはもちろん、中欧や東欧の人にも提供する機会があるのだとか。「あるトルコ人のお客さんに、自分の国のコーヒーよりもおいしいと評価してもらったときは嬉しかったですね」。
自身の舌を頼りに、誰に迎合することなく、自分がおいしいと感じた豆しか仕入れない。日本におけるパイオニアとして、持ち前の味覚とセンスで、これからも東京からトルココーヒーの魅力を発信していく小山さん。「長く続いていける店を目指したい」という言葉に、トルココーヒーへの情熱が垣間見えた気がした。
『THE MOSQUE COFFEE』店舗詳細
取材・文・撮影=柿崎真英