祖父と父の料理の味と関西割烹の伝統を受け継いだ、昭和の時代から続く老舗割烹

店は地下1階にあるため、「割烹 中嶋」の看板と「鰯」ののぼりをお見逃しなく!
店は地下1階にあるため、「割烹 中嶋」の看板と「鰯」ののぼりをお見逃しなく!

『新宿割烹 中嶋』は、JR新宿駅東南口または中央東口から徒歩3分ほど、地下鉄新宿三丁目駅A1出口から徒歩2分ほどの場所にあるオフィスビルの地下1階。創業当時、新宿駅近くにあった店舗から、1995年に現在の地に移転した。

旧新宿三越南館に入っているIDC大塚家具のショールームを目指して来るとわかりやすいだろう。建物の脇道に入って程なくすると、『割烹 中嶋』の看板が目に留まるはずだ。

昼限定のイワシ料理を目当てに、店があるビルの地下1階に続く階段に行列ができる。
昼限定のイワシ料理を目当てに、店があるビルの地下1階に続く階段に行列ができる。
階段を下りると右手に現れる『中嶋』ののれん。ビル奥のエレベーターから直接、店舗内に入ることもできる。
階段を下りると右手に現れる『中嶋』ののれん。ビル奥のエレベーターから直接、店舗内に入ることもできる。

店主は日本料理の名匠・中嶋貞治さん。NHKの番組出演やハイアットリージェンシー東京の調理顧問を務めるなど、国内外で広く活躍してきた人物だ。

2代目店主の中嶋貞治さん。中華の鉄人・陳建一氏とは懇意な間柄だという。
2代目店主の中嶋貞治さん。中華の鉄人・陳建一氏とは懇意な間柄だという。

本家である『割烹 中嶋』は1931年(昭和6年)に創業。北大路魯山人氏にゆかりのある料亭「星岡茶寮」で初代料理長を務めた貞治さんの祖父が、銀座に店を構えたことに始まり、分家した父が1962年に『新宿割烹 中嶋』を立ち上げた。

貞治さんは20代の頃に京都で修業を積み、関西割烹の技を習得して東京に戻った後、亡き父の跡を継いで1980年に2代目店主となった。以来、料理の垣根を越えて中華やイタリアン界の重鎮たちとも切磋琢磨し、新たな試みに挑戦しながら、『新宿割烹 中嶋』をミシュランで星を獲得するほどの押しも押されもせぬ名店に育てた。

カウンターは10席。板場の丁寧な仕事ぶりを目の前で楽しむことができる。
カウンターは10席。板場の丁寧な仕事ぶりを目の前で楽しむことができる。

「こんな一流割烹で気軽にランチができるなんて!」と、つい声を漏らすと、「昼の営業は先代の時はやってなかったんだけど、もう30年以上前になるかな。このあたりで働く人たちのために始めたんだよ」と貞治さん。

1000円以下の定食に出せる食材を選び、「お昼はずーっとイワシだけ」で続けてきたそうで、2014年には「ミシュランガイド東京」で最もお得なランチとして紹介された。当時「ミシュランチ」と呼ばれ、「星付きの店なのに1000円以下で一流の味が楽しめる」と話題になったという。

貞治さんは「夜と昼では全然違うんだけどね」とおっしゃるが、店主の食材へのこだわりと職人の腕前に変わりはないことは明らかだ。

一流割烹で、鮮度抜群のイワシ料理を1000円以下でいただけるお得感!

昼限定の「いわし彩々」定食は、刺身・フライ・煮魚・塩焼880円、柳川鍋990円。これらのおかずは追加で単品注文もできるので、あれもこれも食べたい人にはうれしい限り。おかず単品はそれぞれ660円(柳川鍋のみ770円)で、刺身とフライはハーフサイズでも注文できる(各385円)。「もう一品食べたい」という常連さんの思いに応えた、粋な計らいだ。

玉ねぎのスライスを割り下でしっかり煮込み、イワシフライを5本入れて卵とじに。
玉ねぎのスライスを割り下でしっかり煮込み、イワシフライを5本入れて卵とじに。

この日注文したのは柳川鍋定食。貞治さんが考案した「柳川鍋」はドジョウではなく、イワシのフライを卵でとじたもの。割り下で玉ねぎとイワシフライを煮込み、卵を流し入れて数秒フタをとじ、ふんわりと仕上げる。

衣がクッタリならないように絶妙なタイミングで土鍋を火からおろし、ぐつぐつ煮立った状態でお客さんの元へ。
衣がクッタリならないように絶妙なタイミングで土鍋を火からおろし、ぐつぐつ煮立った状態でお客さんの元へ。

この一連の流れを手際よく行う店主の右腕、川津佑介さんに話を聞くと、昼時は柳川鍋の注文でコンロがすべて埋まってしまうのだとか。「親方の柳川鍋は、イワシの刺身と並ぶ人気メニュー。これまで数え切れないほどつくってきましたね」とうれしそうにほほえんだ。

いわしの柳川鍋定食990円は、ご飯、味噌汁、香の物付き。ご飯は2杯目までおかわり無料。
いわしの柳川鍋定食990円は、ご飯、味噌汁、香の物付き。ご飯は2杯目までおかわり無料。

土鍋からゆらゆらと湯気が立ち上り、お出汁が香り立つ。早速、熱々のイワシフライをひと切れ口に運ぶ。身はふわっふわ、衣はサクッと感が残っているところと、しっとりお出汁がしみているところがあって、「1本で二度おいしい」気分だ。ほんのり甘みのきいた味付けで、ご飯といっしょにほおばると口の中いっぱいにイワシの旨味が広がる。

あまりのおいしさにパクパク食べ進めてしまい、七味の存在を失念。次回は七味をかけて食したい。
あまりのおいしさにパクパク食べ進めてしまい、七味の存在を失念。次回は七味をかけて食したい。

魚特有の臭みはまったくなく、下ごしらえのこまやかさと食材の鮮度の良さがよくわかる。ひと口めで感動を覚えたこのイワシフライから、割烹の技と職人の仕事ぶりの素晴らしさを知った。

「和食の基本は、炊きたてのご飯、味噌汁、香の物がおいしくないとだめなんですよ。それと、ご飯に合う味付けのおかずだよね」。貞治さんがそうおっしゃるだけに、炊きたてのふっくらご飯、ほっと落ち着く味わいの味噌汁、自家製の香の物は格別に旨く、どのおかずもご飯がどんどんすすむ。おかずを一品追加して、ご飯をおかわりするのもいいだろう。

長年愛され続けている理由は、お客さんを大切にする生粋の料理人の心にあり

夜営業の仕込みにかかった貞治さん。その姿は気迫に満ちている。
夜営業の仕込みにかかった貞治さん。その姿は気迫に満ちている。

昼定食の一品追加やご飯のおかわりサービスを始めたのも、「お客さんに気持ちが移るっていうのかな。常連さんなんか毎日のように同じ物を食べに来てくれて飽きないかと思って、『ちょっとこれ食べる?』って一品出したりね。若い人はおなかいっぱい食べたいだろうから、ご飯のおかわりもできたほうがいいなとか、そんな感じでさ」と貞治さん。単にサービスにとどまらず、お客さんを大切にされている職人の心延(こころば)えを感じた。

宮本輝氏が貞治さんに寄せた、原稿用紙3枚分の随筆。店のホームページにも掲載されているのでぜひご一読を。
宮本輝氏が貞治さんに寄せた、原稿用紙3枚分の随筆。店のホームページにも掲載されているのでぜひご一読を。

そんな貞治さんを評した一編の随筆が、店内の壁面に大切に飾られている。「貞治さんの料理」と題した作家・宮本輝氏による直筆の書からは、貞治さんが料理人たちに、お客さんたちにどれほど親しまれているかが伝わってくる。最終段落に綴られた「料理は人なり」という一文を目にして、『新宿割烹 中嶋』の料理をまた食べに来たいと心から思った。

住所:東京都新宿区新宿3-32-5 日原ビルB1F/営業時間:11:30~14:00・17:30~21:00/定休日:日・祝/アクセス:JR・私鉄・地下鉄新宿駅から徒歩3分、地下鉄新宿三丁目駅から徒歩2分

構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=コバヤシヒロミ