親子一緒に、また落語家は師弟で訪れたくなる“懐かしいけど新しい味”
都内に4つある寄席のひとつ『新宿末廣亭』の隣にあり、個性豊かな飲食店が並ぶ末広通りのなかでも歴史が古い『ビフテキ家 あづま』。末廣亭の高座にあがる噺家・芸人はもちろんのこと、1946年の創業以来、幅広い年齢層に愛され続けている。開店当初は伊勢丹の向かいにあったが、ビルの取り壊しのため現在の店舗に移転してきたという。
今から20年ほど前に跡を引き継いだ2代目の女将中山曜子さんに聞いた。
「開店当時は『東屋』と漢字の表記で、とんかつをメインにした洋食店でした。長くやっているので、親子代々で来てくださるお客様も多いです。隣が『末廣亭』なので、落語家さんもごひいきにしてくださってます。師匠がお弟子さんを連れていらっしゃっるんですよ」と女将。
「そして、年月が経つと、以前はお弟子だった方が今度は若い人たちを連れてくるという感じですね。落語家さんたちに人気なのはもち豚のじゅうじゅう焼きです。だいたい、み〜んなコレですね。林家正蔵師匠はいつも肉・野菜大盛りで召しあがりますよ」。
初代が考案したもち豚のじゅうじゅう焼は、今も1、2を争う人気メニュー
創業から間もなくメニューに登場したというもち豚のじゅうじゅう焼きは、まず、もち豚のロースをフライパンでバターソテーにする。それを鉄板に盛られたたっぷりのキャベツの上に乗せ、直火で熱したら軽く白ワインを加えて蒸し焼きにする。そのあとは、客が自ら特製のソースをかけて仕上げを施す。
では、さっそくいただこう♪ その名の通り、じゅうじゅうと音を立ててテーブルにやってきた。ソースポットからひとさじかけると、熱々の鉄板に焼かれたソースのせいで香ばしい香りと共に水蒸気が立ちのぼる。ああ、いい音。いい香り。今、とっても幸せだ〜!
バターソテーされたもち豚はコクがあって柔らかく、鉄板ともち豚に挟まれて蒸し焼き状態になったキャベツはぐんと甘みが増している。とんかつやホイコーローなど「豚肉×キャベツ=ご飯に合う」という、おいしい方程式はみなさんご存知の通り。そこにすり下ろした玉ねぎがたっぷり入った醤油ベースの甘酸っぱいソースが絡んで、食欲増進! 林家正蔵さんが肉と野菜を大盛りにすると聞いたときには、ずいぶんたくさん召し上がるのだな、と驚いたが、確かにこれはペロリといってしまいそう。
アツアツをハフハフ言いながら頬張っていると、女将からこんなアドバイス。「辛いのがお好きなら、タバスコをかけるとまた一味変わっておいしいですよ。それからね、若い方に人気のチーズやコクが増す生卵、茹でた白スパゲティのトッピング(各100円)もあります。賄いを食べながら、スタッフみんなで試したおいしかったものをお客さんにおすすめしているんですよ」。
トッピングもできるのか、まいった。なるほど、タバスコをかけると辛味と酸味が増してこれまたおいしい! 次に来店したときもリクエストしてみよう。
先代から続く伝統を守りつつ、攻めの姿勢も忘れない。 だからまたこの店に来たくなる
東京で長い歴史を持つ名店には、昔から変わらぬこれぞという看板メニューがある。70余年もの間、この店に度々訪れる人たちは何を求めてきたのだろうか。店長の智映子さんはこう答えてくれた。
「代が変わっても伝統はそのまま引き継ぎ、だけど新しいメニューもいろいろ出しています。そういうところを楽しんでくださっているんじゃないかと」。
コロナで休業している間、メニューをリニューアルしたそう。「たとえば、定番のハンバーグ。お肉を国産に変更したんです。豚肉と牛肉の挽き具合を変え、肉汁がたっぷり出るようにしました。もっとジューシーで以前よりおいしくなりました」。
2代目店主・中山徳次さんは、時代の流れを汲み取るアイデアマンでもあるそうだ。さらに智映子さんが続ける。「賄いを食べている時に『明太スパがあるなら、明太ピラフもおいしいはず!』の発想から新しいメニューがいろいろ誕生しているんですよ」。
ビフテキ、もち豚のじゅうじゅう焼き、ナポリタンをはじめとした昔からのメニューはそのまま伝統を引き継ぎ、新しいメニューへも果敢に挑戦する。昔なじみを飽きさせず、一見さんには時代遅れではない新鮮さを感じさせてくれるのだろう。長年経営を続けるには伝統を守りつつ、攻める姿勢も忘れない努力にあった。
コロナの自粛期間が明けた後、女将さんは新宿に若い人が増えたと感じている。時代に合わせテイクアウトの弁当も始めたが、「やっぱり料理はできたてがいちばん。アツアツをすぐに食べてほしい!」と女将さん。
こうして時代とともに進化してきた『ビフテキ家 あづま』。きっと、創業100周年でもち豚のじゅうじゅう焼を食べるときも、ソースをかけた瞬間に「ああ、いい音。いい香り。今、とっても幸せ〜!」と叫んでいることだろう。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢