惚れ込んだとんかつを自らの店で。名店の大将に指南を受け、上野の地で名をはせる
『とんかつ まる一』は、数ある上野のとんかつ店の中でも名店に数えられる老舗である。その理由は、あの大森の伝説店『味のとんかつ 丸一』の味を継承することはもちろんだが、オーナーの中川一志さんの「お客さんにおいしいものを食べてもらいたい」という至極シンプルな想いを創業以来ずっと変わらず守り続けているからにほかならない。
お店の歴史を教えてくださったのは、中川さんがとんかつ店のほかに経営する市川観光商事に勤める金井義和さん。1988年に入社して以来、旅行業に携わりながら中川さんの傍らでお店を守り続けてきた。
「いつの時代も、人と人のつながりが大切ですね」と金井さん。お世話になった旅館関係や交通関係の方々が上野に来れば『まる一』に寄り、とんかつを食べて行ってくれる。そんなふうにお店を応援してくれている人たちが、全国各地にいるという。そういう人と人との“縁”が、『まる一』を支えてくれているのだとも。
『とんかつ まる一』の歴史は古く、1964年に材木問屋だった現在の地に中川さんが割烹料理店を開店したことに始まる。当時の常連客は浅草・上野の花柳界の芸者たち。その後、中川さんは割烹料理店のほかに旅行業にも手を広げる。高度経済成長期真っ只中の華やかな時代だった。
食べることが好きで探究心の強い中川さんは創業当初から、大好きなとんかつを自ら揚げて割烹料理店のお客さんにふるまっていたという。その後、レストランに業態を変えてからはメニューにとんかつを加え、試行錯誤をくり返しながら理想の味を追い求めた。
そんな中、大森で評判の『味のとんかつ 丸一』のとんかつに出会う。その味に惚れ込んだ中川さんは、その後長い年月をかけて『丸一』の大将と深い信頼関係を築いてゆく。
そして1994年、『味のとんかつ 丸一』の味を継ぐ『とんかつ まる一』が産声を上げる。おいしいとんかつの味を追い求め続けてきた食通の情熱と、腕一本で名店までのぼりつめた名匠がつくりあげたこの店が、いまや上野で名をはせるとんかつの老舗となったのだった。
衣が立った濃い揚げ色のロースかつを卵とじ。匠の技がさりげなく光る
食通の中川さんが最もこだわっているのが自家製のパン粉。「自家製のパン粉を使うことによって、旨味と香ばしさが倍増するんです」と教えてくれたのは、揚げを担当する鈴木泰輔さん。衣のサクサク感を際立たせるため、濃い揚げ色になるように仕上げているという。
今日注文したのはかつ丼定食1320円。注文を受けた鈴木さんは手早くロースかつを仕込み、170℃の油の中へ。揚げるときのピチピチピチと軽い音が客席にまで響き渡り、この音を聞くなり早くもおいしそうな予感がする。
揚げたてのロースかつを卵とじにするのは、『まる一』で「和食の神様」と崇められている村岡清さん。「ふわふわの玉子に仕上げるコツは?」と聞くと、村岡さんは「ん~、コツなんかねえなあ」と笑いながらササッと卵を半熟状態に仕上げ、見事においしそうなかつ丼を完成させた。
やさしい甘さが懐かしく感じるかつ丼と、濃厚豚汁のループが止まらない!
『とんかつ まる一』のサービス定食は、ロースかつ、ヒレかつ、かつ丼のほかに、鶏唐揚げ、さばの塩焼きもある。豚、鶏、魚とあって、毎日でも通いたくなるラインナップだ。
定食のお膳を運んできてくれた高橋郁子さんにお店のイチオシを訊くと、「ロースかつが一番人気。だけど、かつ丼のご注文も多いんですよ」とにっこり。所作に気品の感じられる高橋さんは、かつて日本料理店で働いていたときに常連だった中川さんに熱心にスカウトされたそうで、食同様、中川さんが人にかける情熱は半端ないことがわかる。
できたてのかつ丼をひと口食べると、口の中にふわっと甘みが広がった。熱々のロースかつは、ほのかに甘い出汁を含んだ香ばしい衣に包まれ、しっとりしたお肉は歯切れがいい。卵のほどよい半熟感と、シャキシャキした玉ねぎの食感のバランスも抜群だ。
やさしい甘さにどこか懐かしさ感じながらかつ丼をほおばり、途中、豚汁で味変。この甘みと塩っ気は永遠にループできてしまう。箸休めのぬか漬けの存在もありがたい。ちなみに、かつ丼定食のお肉は50gだそう。食べ始めは「もっとかつが食べられそう」と思ったが、食べ終えると気持ちよく満腹感が得られるボリュームで大満足だ。
昼時になると毎日お店に顔を出すという中川さんは、今日も店内を一望できる席においでだ。食事中の筆者に「ゆっくりどうぞ、ゆっくりね」と穏やかに声をかけてくださると、席を立ってお店を後にされた。食にも人にも情熱を注ぎ続けてきた中川さんへの尊敬の念があふれ、その背中に「次はロースかつを食べにうかがいます!」とお伝えせずにはいられなかった。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=コバヤシヒロミ