書道家の文字が躍動するモダンな空間が待つ店へ
池袋駅西口から劇場通りを板橋方面に歩いて5分、ピンク色が目を引く娯楽施設「ロサ会館」裏手に建つビルの1階に『あんぷく』はある。
居酒屋やコンビニ、サウナにカラオケなど雑多な業種が入り混じる界隈にあって、何やらそこだけ静かで落ち着く雰囲気が漂っているな、と思ったそこが目指す『あんぷく』だった。
入り口前には、写真入りのメニューなどがずらり。うどんというと、ぽってりしたどんぶりに入ったものをイメージしがちだが、こちらの写真を見ると、シンプルなおおぶりのプレートに美しく盛られたメニューが多く、とてもスタイリッシュ。SNSでも映えそうだ。
ドアを開けて店内へ。シックなトーンのすっきりした空間に配されたテーブル席は20、オープンキッチンに臨むカウンター席もある。
ここでまず目に飛び込んでくるのは、白い壁に描かれたダイナミックな「逢」の文字。書道家・武田双龍氏が、即興で思いのままに筆を走らせたもので、この場所がさまざまな出逢いの場になるように、との想いが込められているという。
創作うどん、店名に込められた想いとは
「独立前は懐石料理など比較的敷居の高い店に立っていたので、一人でも若い女性でも気軽に入れる店を作りたいと2009年にオープンしました」と話すのは、店のオーナー安江勇治さんだ。
名古屋で家庭的な洋食店を営む父のもとに生まれ、病を患っていた父に代わって中学2年生のときから厨房に立つなど、自然に料理の道へ。岐阜の会席料理店を経て上京し、和食の鉄人・道場六三郎氏に師事。赤坂の「ポワソン六三郎」などで腕を磨き、ニューヨークのエンタメレストラン「NINJYA」の立ち上げにも参加するなど、豊富な経験を積み上げてきた。
「創作うどんの店を出そうと思ったのは、うどんはいろいろな味にアレンジできる“裾野が広い食材”だから。修業時代に寿司やイタリアン、フレンチ、中華など、専門である和食以外のトップシェフと切磋琢磨する機会に恵まれ、そこで培った技術を生かせば、これまでにないものが作れると思ったんです」。
店名の「あんぷく」は「安福」からきており、安江さんの父が営んでいた店の名を継承したもの。おいしい料理を食べて幸福になってほしい、との願いとも重なる。
うどんの存在感しっかり! まさにこれは新感覚
安江さんが蓄積した経験と学び、固定概念を打ち破る柔軟な発想で考案されたメニューは、季節メニューを入れると70近くに及ぶから驚きだ。
「本物感を大切にしながら、すべてのうどんに必ず和のテイストを加え、うどんとの親和性をはかっています」と安江さん。パスタ感覚の創作うどんも、ただ単に麺をうどんに変えるのではなく、食べたときにちゃんとだしの味を感じるよう、調理工程やソースを工夫して仕上げてあるそう。
今回筆者が味わうことにしたのは、店を訪れる大半のお客さんがオーダーする看板メニュー、名物カルボナーラうどんのレディースセット。チョレギサラダにデザート、ドリンクが付いて1870円とお得だ。
ちなみにうどんは並みでも260g、1.5倍の大盛り、2倍の特盛りにしてもお値段そのまま、ドリンクはアルコールを選んでも追加料金がかからないなど、その気前のよさは感涙ものだ。
ちなみに『あんぷく』のうどんには、安江さんも開発に携わった「真麺許皆伝」という最上級の小麦粉が使われている。創作うどんは、ゆでたうどんにだしをかけて出すスタイルではなく、再加熱して仕上げるため、のどごしのよさに加え、麺がのびにくく、温かくても冷たくてもおいしい麺である必要があり、この小麦粉で打つうどんはそれらをすべて満たすという。
名物カルボナーラうどんで欠かせない、大事な工程がこちら。だしとベーコンを入れた小鍋にゆでたうどんを投入し、加熱しながらうどんに和風だしを吸わせることで、洋のソースと和のうどんをしっかり調和させているのだ。
「カルボナーラには鰹、ムロアジ、いりこ、昆布でひいただしを使っています。例えばトマトベースのうどんには昆布だしのうまみを加え、和のテイストをプラスしています」。
やさしくかき混ぜながらクリーミーなソースを加え、たっぷりのパルメザンチーズ、黒コショウ、パセリをふり、仕上げに温泉玉子を落とせば完成だ。
濃厚なソースが絡まりつつもだしの風味を感じるうどんは、コシが強くてもっちりと弾力があり、濃いめのソース、パンチの効いた粗挽きコショウに負けない存在感。パスタのカルボナーラが物足りなくなってしまいそう!?
自分好みの一皿がきっと見つかる!
オーナーの手腕がいかんなく発揮されている『あんぷく』。名物カルボナーラうどんのほかにも、8時間煮込んだ牛すじカレーうどんやジェノバソース、トマトベースのうどん、麻婆ソースなどを取り入れたピリ辛うどん、〆サバとブラックオリーブなどなど、メニュー名だけでも食べてみたくなるうどんばかり。しかも1000円前後というお手頃価格も実にうれしい。
どれだけ多くのメニューを考案しても「おいしくなければ意味がない」と安江さん。それはすべてのメニューに自信があるという意味でもある。これから登場する新メニューもきっと、訪れる人々を笑顔にしてくれるに違いない。
構成=フリート 取材・文・撮影=池田実香