2度目の転機は、平成21(2009)年発売のにしき堂の「生もみじ」だった。東京の自宅に父親が、にしき堂の箱入り「生もみじ」を抱えてやってきて、
「新しいもみじ饅頭食べてみんさい」
と言われ、かじると、モチッとした弾力ある生地とあんこが一体化して口に広がり、驚いた。カステラ生地が、米粉ともち粉ベースになっていた。

2009年の発売当時、従妹のMちゃんによると、
「生もみじ知っとる?」
と会話の糸口に使われるほど、話題になったそうである。

そこで、「ひろしまブランドショップTAU」で購入した、にしき堂、やまだ屋、藤い屋の「もみじ饅頭」こしあんタイプと、にしき堂の「生もみじ」をご紹介する。

もみじ饅頭は、広島県の県花・県木のもみじを形どった、カステラ生地の中にあんを入れた、人形焼きタイプの饅頭だ。

大きさは、3社とも横幅6センチくらい。

①にしき堂
80年代のもみじ饅頭よりあんこの色が濃くなっている気がする。カステラ生地とピタッと密着したおいしさ!

②藤い屋 いかにも手焼きの見た目が食欲をそそる、カステラがふっくり!

③やまだ屋 こしあんの色味が上品で、見た目通りの洗練された味!

*個人の感想です。

にしき堂の「生もみじ」、宮島に生息している鹿のデザインがカワユイ。

こしあん、粒あん、抹茶の三種類、広島県産の餅粉と米粉、北海道産小豆あんこ、京都府産宇治抹茶などを使用。

大福餅でもないし、ましてや団子でもない......モチモチカミカミした食感が、独特。

生地とあんに練りこまれた柚子が、相性抜群の「こしあん」
京都府産宇治抹茶を生地とあんに練り込んだ「抹茶」は、濃厚!

ところで、もみじ饅頭の原型ができたのは、1906年(明治39年)の「紅葉形焼饅頭」が最初とされている。

元祖高津堂、和菓子職人の高津常助が、宮島の老舗旅館「岩惣」女将から、後の大正天皇や伊藤博文、夏目漱石など、要人宿泊の時、宮島の紅葉谷にふさわしい手土産作りを頼まれ「紅葉形焼饅頭」を考えつかれたそうだ。

興味深いのは、元祖である高津堂の二代目の高津昇が、父と同じ味を作れないのを理由に、いったんもみじ饅頭作りをやめてしまったことだ。

しかし、1925年(大正14)頃から、藤い屋、やまだ屋などが、宮島の島内で、店先でもみじ饅頭の手焼きをはじめ、2009年ついに、元祖高津堂三代目の加藤宏明、もみじ饅頭の発案者、高津常助の孫が、もみじ饅頭を復活させる。

*「元祖もみじ饅頭 高津堂」のHPで、伊藤博文の言葉がきっかけで生まれた「紅葉形焼饅頭」の話も紹介されている。


参考
wikipedia「もみじ饅頭」
元祖もみじ饅頭 高津堂 もみじ饅頭の歴史
HP/https://takatsudo.com/history.html

以上である。

宮島にお越しの際は、ぜひ焼きたてをどーぞ。もみじ饅頭に衣をつけて揚げた「紅葉堂」の「揚げもみじ」は、甘味、油脂、衣、全部入り、誘惑の味ですぞ。

参考
株式会社にしき堂
広島県広島市東区光町1丁目13番23号
創業/1951年(昭和26年)10月
ホームページ https://nisikido.co.jp

株式会社やまだ屋
広島県廿日市市宮島町835-1
創業 1932年(昭和7年)10月20日
HP/https://momiji-yamadaya.co.jp/

株式会社 藤い屋
広島県廿日市市宮島町1129
創業 1925年(大正十四年)
HP/https://www.fujiiya.co.jp/

有限会社 紅葉堂
創業 1912年(明治45年)
広島県廿日市市宮島町448-1
HP/https://momijido.com/