よく道を覚えてるのに、よく迷子になる甥っ子
先日、実家の家族とのLINEグループに「新しい本が出るよ」とAmazonのリンクを送った。
真っ先に反応したのは大阪に住む姉だ。「私も方向音痴ひどいから読むわー」とのこと。
3児の母である姉は、子供たちの学校行事の際、校内で迷うらしい。また、出先で道に迷っては子供たちに不安な顔をさせてしまうそうだ。「方向に関して、子供たちからまったく信用されていない」と言っていた。
あぁ、私も子供がいたら同じことやってそう。これって方向音痴お母さんあるあるなんだろうか。
姉の返事を受けて「我が家って方向に強い人いないの?」と尋ねると、母が「お兄ちゃんは方向に強いと思うよ」と発言した。私の兄のことだ。
兄は家族のLINEグループに入っていないが(仕事が忙しいだろうから誘っていない)、母いわく、兄は3歳くらいから一度通った道は把握していたそうだ。兄と私はわりと顔が似ているのに、なぜこうも脳のつくりが真逆なのか。
すると父が「せいちゃん(仮名。姉の長男)も小さいとき、よく看板や道を覚えてた」と発言した。
そうだった。姉はたまに子供たちを連れて札幌の実家に帰省したが、せいちゃんは車の窓から景色を見ては「ばあばのおうち、あっち」などと指差していた。住んでいるわけでもないのに、ちゃんと記憶しているのだ。
じゃあ、せいちゃんは方向に強いのかといえば、よくわからない。甥姪の中でもっとも迷子になるのもせいちゃんだったからだ。
せいちゃんは知らない場所でも勝手にウロチョロする子だった。好奇心旺盛で、気になるものを見つけると親の手を振りほどいて走りだしてしまう。私の両親は、「うちの子たちは勝手にウロチョロすることがなかった」と驚いていた。
たしかに、私はこんなにも方向音痴なのに、子供の頃はあまり迷子になっていない。それはきっと、知らない場所にひとりで行く機会がなかったし、親に連れられて外出するときは親から離れないタイプだったからだ。
子供の場合、迷子になるかどうかは方向感覚ではなく、性格で決まるのかもしれない。
3歳児に道案内を任せたら……
せいちゃんはよく迷子になる子供だったが、私がついていながら迷子になったこともある。つまりは、私も一緒に迷子になったのだ。
せいちゃんが3歳のときのこと。私が姉の家に滞在していると、せいちゃんが100円ショップに行きたがった。いつもそこでお菓子やオモチャを買ってもらっているのだ。姉は「下の子が寝てるから今は行けない」と諭すが、せいちゃんは行きたいと言ってきかない。
「私が連れていこうか?」
「ほんと? 助かるわ~」
100円ショップまでは徒歩7、8分とのこと。
当時私はまだスマホを持っていなくて、地図アプリを見ることができなかった。姉がメモ用紙にざっくりした地図を描いてくれるが、方向音痴の私はそれでも不安だ。
「道わかるかなぁ」とつぶやくと、せいちゃんはこぶしを突き上げながら「ぼくわかるー!」と言った。かわいい。姉も「せいちゃん、しょっちゅう行ってるからわかると思うわ」と送り出してくれた。
「サキちゃん道知らないから、せいちゃんが連れてってね」
私が言うと、せいちゃんは「うん!」とうなずき、任せとけと言わんばかりの表情。なんと頼もしい。
手をつないでマンションを出る。せいちゃんはご機嫌で、アドリブで作詞作曲したと思われる「100円ショップのうた」を歌っていた。せいちゃんの歩きっぷりがあまりに堂々としていたので、これは地図を見なくても行けそうだなと思った。
横断歩道を渡り、曲がり角を2回ほど曲がってしばらく歩くと交差点に出た。
どちらに渡るのか尋ねようとしたそのとき、せいちゃんの様子がおかしいことに気づいた。表情が「無」なのだ。そして、そのまま無言でしゃがみこんでしまった。
「どうしたの? お腹痛い? トイレ?」
せいちゃんは青ざめた顔でふるふると首を振る。
「……もしかして、道わかんなくなっちゃった?」
せいちゃんは無言のままコクンとうなづいた。
そのときの罪悪感たるや!
この子はきっと、「迷った」と言い出せなかったのだ。私が「せいちゃんが連れてってね」なんて言ったから。記憶力がいいとはいえ、この子はまだ3歳。いい大人が3歳児に頼りきって、プレッシャーを与えてしまった。
「ごめんね、せいちゃん。大丈夫だよ」
慌てて姉が描いた地図を見るが、現在地がわからない。そんな私を、せいちゃんが不安そうに見上げる。こんなに頼りない保護者がいていいのか。
私はせいちゃんを連れてコンビニに入り、店員さんに道を教えてもらった。せいちゃんが不安にならないよう、「こんなことはなんでもないことだよ」と言わんばかりに平静をよそおって。
店員さんのおかげで道はわかったが、せいちゃんのテンションは下がったままだ。申し訳なくて、100円ショップではせいちゃんが欲しがるままにオモチャを買い与えてしまった。
そんなせいちゃんも、いまや中学3年生。身長は180を超え、ギターにハマっている。マイペースな性格は相変わらずらしい。
姉に、今のせいちゃんが方向音痴かどうか尋ねてみた。
「そんなに方向音痴でもないと思うけど。あの子は迷っても気にしないしね。知らない場所でもひとりで行くし」とのこと。
なるほど、ひとりで勝手にあちこち行く子のほうが道を覚えるのかもしれない。あのときは私がいたから、迷ったことを気にしてしまったのだろうか。
いつかそれができる状況になったら、せいちゃんと東京の街を観光したい。この本を書いたおかげで、私も少しは地図が読めるようになったから。
文=吉玉サキ(@saki_yoshidama)