オーナーのカレー好きが高じて生まれたビリヤニ専門店
北千住駅の西口は、駅を出てすぐの細い路地に飲み屋横丁と呼ばれるディープなエリアがある。大型商業施設もあり、足立区を代表する繫華街だ。それに対して駅の東口は、東京電機大学をはじめとした学校が複数あるほか、商店街には下町の雰囲気が漂っている。
そんな東口から交番の前を通り、千住旭町商店街(学園通り)を直進。突き当たりを右折したところに『BIRYANI SHOKUDO』はある。同じく北千住に店を構える『TAMBOURIN CURRY&BAR(タンブリン カレー&バー)』の姉妹店として、2019年にオープン。2023年に現在の場所に移転した。
「ビリヤニは、インドとかスリランカでハレの日に食べるお料理ですね。バスマティライスっていう、細長くて香りがいい高級米をスパイスで炊いています」
そう教えてくれたのは、店長の渡辺織恵(おりえ)さんだ。このお店のビリヤニは、もともと『TAMBOURIN CURRY&BAR』で提供されていたメニューをベースにしたものだという。
「『TAMBOURIN』は、スリランカカレーがメインなんですけど、ビリヤニも出したことがあったんですよ。それがお客さまからもスタッフからも評判がよくて、ビリヤニの専門店が出せたらいいね、っていう話になりました」
渡辺さんによると、ビリヤニは「カレーという大きいくくりに含まれる1ジャンル」。だからこそ、オーナーのカレー好きが高じてビリヤニも極めだしたのは、自然な流れだったのだろう。
変幻自在すぎるビリヤニの味変にどっぷりハマる
『ビリヤニ食堂』のフードメニューは、基本的にビリヤニとプリンのみ。本日のビリヤニ・スペシャルプレート2035円には、日替わりのメイントッピング、副菜、カレー、ヨーグルトソースなどが付く。
今回はスペシャルプレートを注文し、その調理過程を見せていただくことに。取材日の日替わりトッピングは、冬にぴったりの牡蠣。ちなみに定番のビリヤニ1518円の場合、ベジタブル、マサラチキン+165円、ラム+275円などから具材を選べる。
シナモンやスターアニス(八角)といった、約7種類のスパイスと一緒に炊いたバスマティライスは、パラパラの質感。渡辺さんいわく「お米自体、すごく香りがいい」のだとか。
副菜は、キャベツ、タマネギ、コマツナの3種で、いずれもスパイスが効いている。ライタと呼ばれるヨーグルトのソースは、ビリヤニには欠かせない存在だ。さらにレンズ豆をタマネギやトマトなどと煮込んだ豆のカレーが添えられる。お皿のフチには、果実や野菜、香辛料などからつくられるジャムのような調味料、チャツネも。
続いて、お皿の空いたスペースにパパダムを添える。パパダムとは、豆からつくられる薄い煎餅のことで、インドではパパドと呼ばれるそう。
完成したスペシャルプレートを前にすると、複雑なスパイスの香りが立ち上り、食欲を刺激される。「お米がすごく軽いんですよ。なので女性のお客さまでも、ペロッとキレイに平らげちゃいますね」と渡辺さん。
というわけで、まずは何もかけずにご飯をひと口。各種スパイスとバスマティライスが織り成すエスニックな香りの中に、ほんのりカレーの風味も感じられる。メイントッピングであるスパイスで炒めた牡蠣との相性は抜群だ。
ビリヤニの食べ方にルールはないので、どの順番で何をかけてもOK。渡辺さんは「最初に全部混ぜる人もいますけど、まずはちょっとずつ加えていただくのがうれしいかな」と笑う。そこでライタを少しかけてみると、爽やかな酸味やミルキーさが加わってマイルドな印象に。
豆のカレーは、甘めのテイストで、あとからじんわりと辛さが広がる。チャツネやライタとミックスするとそれぞれの味が見事に調和するので、ぜひ試してみてほしい。またスリランカの調味料・ルヌミリスを効かせたピリ辛のタマネギや、コマツナのテルダーラ(スパイス炒め)といった副菜をおかず感覚でつまめるのもいい。
そして食後には、プリン&マサラチャイセット858円をいただく。マサラチャイとは、ミルクティーに香辛料を加えたドリンクのこと。手作りのカスタードプリンは、クラシックな固めの食感で、香り高いカラメルソースの苦味が上質な甘さを際立たせる。
スパイシーなマサラチャイをすすりながら、次にビリヤニを食べるときの計画を立てている自分がいた。味変をあれこれ試しているうちに、ご飯が足りなくなってしまったのが今回の反省点だ。カレーは前半に食べるのがいいかもしれないし、チャツネはもっと大胆に加えてもよさそう……。考えれば考えるほど、またビリヤニが食べたくなる。
完成形がないからこそ日々の研究と改良が楽しい
カレーをこよなく愛するオーナーとともに試行錯誤しながら、同店のビリヤニを開発した渡辺さん。現在も渡辺さんなりにスパイスの配合や食材の内容を調節し、改良を重ねているという。
「ずっとお料理の仕事をしているんですけど、料理には完成形ってないですよね。材料に関しても、スパイスも野菜も、産地や季節によって日々変わりますし、まだまだ研究中です。難しいけど、楽しいですね」
あらためて、料理の世界にゴールはないと気付かされる。『ビリヤニ食堂』のビリヤニやカスタードプリンは、まさしく渡辺さんのたゆまぬ探究心の賜物なのだ。
「ビリヤニって、万人に受けるお料理ではないと思うんですよ。それでも自分がおいしいって思うものを丁寧に作って。お客さまがひと口食べて幸せそうな顔になるのを見ると、やっぱりうれしいですよね。お皿がスッカラカンになっていると『あら~』って」
まるで子供に持たせたお弁当が空になって返ってきたときの親の心境。メニューや内装は異国感たっぷりでも、この人情味あふれる空気は下町の食堂そのものだ。
取材・文・撮影=上原純