いままで行ってきた廃墟で印象的だったのがいくつかあって、その中でも長崎の軍艦島はシビれた。長崎港からクルーズ船に乗って上陸するのだが、3回に一度くらいしか上陸できないという超レアな島。運よく上陸すると、そこには巨大な廃墟群が広がっている。小さな島には似合わないマンション、当時は日本一人口密度が高く、東京よりテレビの普及率も高かったらしい。無人島になってから毎日少しづつ崩れているらしく、あまり近くで見ることはできなかったが、あんな廃墟は世界でも稀(まれ)だろう。

それともう時効ということで話すが、地元秋田の沿岸の町に「〇×学園」という廃校があった。今はおそらくなくなっているようだが、当時は心霊スポットとしてかなり有名だった。ある深夜に友人ら数名と訪れたのだが、建物までの山道に入ると同時に突然の雷雨。ただでさえ恐ろしい山道をワーキャー言いながら進んでいくと、開けた場所にたどり着いた。「ビカッ!」と雷が光った一瞬、巨大な廃校のシルエットが目の前に浮かび上がり、皆パニック。確かに恐ろしい雰囲気だったが、なぜだか不思議な魅力を感じた。その建物の周りだけ色の彩度が低く、それでもかつての人の気配を感じるような……なんとも言えない魅力だ。

もしかすると、私のレトロ建築や廃墟好きは、この時から始まっていたのかもしれない。

新潟の新発田(しばた)で飲んでいた。目星を付けていた酒場へ向かおうと、宵闇の街中を進む。目的地までは結構遠く、方向音痴の私はグーグルマップを絶えず確認しながら進んでいたのだ。しばらく歩いていて、マップの目的地ピンが差すちょうどのところにたどり着いたのが……えっ?

目の前には6階建てのマンションが立っていたのだが……どう考えたって廃墟にしか見えない。雰囲気的に高度経済成長期くらいに建てたものだろうか、どこの窓からも明かりはなく、人の気配もない。雨だれで染みたコンクリートが、廃墟感を演出する。

もしかして……この建物のどこかに酒場があるのか? それだったら迷うことなく入ったろうが、1階部分ではおそらく営業中の美容室があるだけ。すごいところで営業しているなぁ……じゃあ、本命の酒場はどこにあるのかと、辺りを歩き回ったら、ちょうどあのマンションの裏にありましたよ。

ここだ! この『割烹かさご』へ来たかった! 入り組んだ細い道にポツリ、まるで魚の「かさご」の住処のような場所にあった。かさごといえば高級魚。大きな三角屋根に割烹然としたウッディで立派な外装。その佇まいはまさしく高級。

このうぐいす色に朱色で描かれた「かさご」の暖簾(のれん)が、特に美しい。早く、いち早く中の具合も確認したい。長い暖簾を体に滑らせ、中へと入る。

 

「いらっしゃいませ~」

おほっ、中はピカピカのこれぞ割烹だ。半分は厨房カウンター、もう半分はお座敷が並び、予約客を待ちわびている。割烹ならではの上品で甘じょっぱい香りに深呼吸しながら、奥のカウンター席に酒座を決める。

まずはお酒、お瓶ビールがよろしかろう。カウンターの“酒磨き度”もいいですねぇ、小グラスにトクトクと麦汁を注ぎ、瓶をカウンターにトンッと音を鳴らす。

こくんっ……こくんっ……こくんっ……、お上品に瓶ビールを飲むこの感じ……喉の襟がスッと立つ感じで好きだ。

さりげなく差し出されたお通しにビックリ。ウニマグロとろろ、だって……!? 趣きのある小碗にたっぷりのトロロ、そこへマグロとウニが沈んでいる。こんなの、神様へのお供え物じゃないか!

醤油をチョン、軽くかき回してズルズルといただく。舌貧乏の私でも分かる、缶詰ではなくガチのウニの旨味よ。マグロの鮮度にネットリとしたトロロが最高に旨い。いや、これはすごいスタートだ。

あまりに豪華な刺し身盛り合わせに、手を合わせたくなった。鯛、マグロ、北寄貝ひも付き、かずのこ、ウニの白身魚巻き、イカの超豪華刺し身盛りだ。過去最高と言っていいほど、その美しい盛り付けが印象的だ。

鯛は旨味ごと舌に張り付くようで、北寄貝ひも付きはコリコリと野趣あふれるおいしさ。大好物のかずのこはパリプツと食感が楽しく、ウニの白身魚巻きはただただ「旨い」が凝縮されている。ツルツルと滑らかな舌触りのイカは申し分ないが、なんといってもこの中で優勝はマグロだ。見るからに旨いと分かっていたので最後に食べたが、食べたらもうずーっと口の中がマグロ。ひと切れだったが、他の刺し身を覆いつくすように、マグロの印象が強かった。

つづいて気になっていた地獄豆腐の出番だ。見た目は普通の冷奴のようだが、まったくの別物。「上の方、タレが少し辛くなってますので」という女将さんの忠告通り、豆腐の表面はかなり辛い!

単に豆腐に青のりが塗られてると思いきや、その下にはカラシと唐辛子がたっぷりと塗られて舌をビシビシと刺激する。辛いのは苦手だが、それでもこれは宅飲みでもマネしてみよう。

 

「満足した?」

「うん、おいしかったよ」

隣に座っていた若い男性客に女将さんが優しく声をかける。どうも男性客は最近夏バテ気味だったようだが、ここの料理を食べて元気が戻ったようだ。

 

「あまり酔いすぎないようにね」

「そうだね」

 

酒場側が「飲みすぎ注意」を気に掛けるのは、本物の優しさだと思っている。私も酔い過ぎる前に、おいしい料理をいただこうっと。

ネーミングにひと目ぼれのイカ足味噌焼きが湯気と共にやってきた。この子がまたいい意味で裏切ってきた。ざく切りのネギ、そしてナスが絡めてある!

イカの肝がこれらに絡み、ネギはヌッタりと、ナスはトロォ〜っとした食感で、意識が飛ぶくらいおいしい。イカ耳のコリシコの刺激が、辛うじて意識をとりとめている。

必ず締めにと取っておいた、ぬかいわしが満を持して登場! なんという……なんという、酒好き好みのルックス。ちょっと顔を近づけるだけでフワンとしょっぱくて独特の香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。

割り箸で千切って、しゃぶるように口に入れる……旨いっ! しっとりとした表面は塩辛さが強め、ぎゅっと締まった身がツーンとぬかいわしの旨味を楽しませる。しょっぱい、旨味、しょっぱい、旨味……これの繰り返しで、酒が……酒がどんどん消費されていく幸せよ。

いやぁ、ここは……うん、すごく……いいや、とてつもなく料理がおいしい。これくらいおいしいと、今後の酒場選びに支障が出るってものだ。

 

「ちょっと、お値段いきましたけど……」

隣の客の時に、そう言って会計を渡す女将さん。私の時もそういって伝票を渡してきたが……何をおっしゃる女将さん。このクオリティでこの値段、思っていた1.5割安いじゃないですか。

 

「ありがとうございました」

店を出て振り返ると、背景に、先に見た廃墟(っぽい)マンションがユラリと浮かぶ……やっぱり、いいなぁ。

はずかしながら「新発田」をなんと読むかもわからなかったような街で、私はひとり飲(や)っている。いつかまたこの新発田へ訪れた時も、きっと「当時の時間をそのまま」を思い出すのだろう。この不思議な感じが、旅の酒場での醍醐味だと思っている。

『割烹 かさご』

住所: 新潟県新発田市中央町4-7-10
TEL: 0254-23-7050
営業時間: 17:00~22:00
定休日: 日
※文章や写真は著者が取材をした当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。

取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)

軍艦島。過去には上陸チャンスがあったけれども行くことはなく“憧れの場所”に行きたい行きたいと、ずっと想いを馳せていた島。この度、やっとのことで軍艦島へ上陸しました。廃墟好きではなくとも、その名を聞いたことがある人は多いことでしょう。インパクトある名は通称で、島名は端島(はしま)といいます。南北480m、東西160m、周囲1200mという小さな島は、良質な石炭が採掘される海底炭鉱がありました。