ただ一つ、散歩の大敵が暑さである。ことに、昨今の東京の真夏の野外は殺人的な暑さで、常に熱中症を意識しなければならない。幸い、いままで熱中症になったことはないが、強烈な日差しをジリジリと受けながら、大量の汗をアスファルトにこぼして散歩する過酷さは耐え難い。「じゃあ散歩するなよ」と言われそうだが、それでも散歩してしまうのだから困ったものである。ちなみに、これがランニングになると一切興味がない。

灼熱の吉祥寺駅。
灼熱の吉祥寺駅。

この日もかなり暑い日で、よせばいいのに吉祥寺駅から三鷹方面へと散歩を始めてしまったのだ。そこら辺の道の“生え方”は特徴的で、中央線と斜めに交錯するようにまっすぐ井ノ頭通りが延びている。歩き始めは吉祥寺の雑貨屋がたくさんあるので楽しいが、三鷹に向かってだんだんと閑静な住宅地になる。なにせこの日も殺人的な暑さだ。余裕をこいていたが、かなりキツくなってきた。

灼熱の散歩道に現れた緑のオアシス

ついには、遠くに陽炎が揺らめく。いや……あれは蜃気楼かもしれない。まさしく東京砂漠が、私を灼熱地獄へと誘(いざな)い、もはやここがどこなのか分からなくなってきた。砂漠をさ迷うこと数十分、揺らめきの向こうに、赤い提灯が見えたのだ。

緑が生い茂る謎の小道。
緑が生い茂る謎の小道。

「オアシスか……!?」と駆け寄ってみると、それは清々しいオアシスとはとても似つかぬものだった。

看板のない謎の建物。
看板のない謎の建物。

看板らしきものはあるが、なんて書いてあるのか分からない……重心が全体的に低く、のっそりとした外観は、いたるところから植物が侵食し、もはや原型がどんなだったかを想像さえできない。しかし、暖簾(のれん)の掛かりや提灯の灯り具合は、不思議な魅力を放っている。店先のビールケースからして酒はあるはず、少なくとも今の私にとってのオアシスであることは間違いないだろう。迷うことはない、すぐに入ろう。

「いらっしゃいませー」

……えっ、何だココ!?

サイバーパンクな異世界へ

ものすごい情報量のサイバーパンクな店内。
ものすごい情報量のサイバーパンクな店内。

どこから説明していいのか、テーブル1卓とカウンターだけの小さな店内には提灯、電気コード、むき出しのトタン、派手なポスター……とにかくいろいろなものがギュウギュウに詰め込まれた、まるでオモチャ箱をひっくり返したようである。なんというか……そうだ、ゲームの『ファイナルファンタジーVII』にでも出てきそうなサイバーパンクな世界観──ここは、まるで異世界そのものだ。

天井からはいくつもの扇風機がぶら下がる。
天井からはいくつもの扇風機がぶら下がる。

天井に吊られた扇風機の数も半端ではない。すべてを点けたら、店内に「エアロガ」の白魔法が巻き起こりそうだ。こんなところで飲む酒は、さぞかし楽しいだろう。間口に近いカウンターに座り、黒魔導士……いや、マスターに酒を頼んだ。

ホッピーセット。
ホッピーセット。

この背景にしてホッピーが妙に映える。ただのホッピーが、回復道具の「ポーション」に見えてくる。まずは暑さで干からびた喉へ、勢いよくポーションを流し込んだ。

回復中の筆者。
回復中の筆者。

ここが砂漠だろうが異世界だろうが、火照った体にはホッピーが正解。おお……なんだか元気になってきたぞ。この異世界での料理もいただくとしよう。

セロリ(味噌・マヨネーズ付き)。
セロリ(味噌・マヨネーズ付き)。

これだけサイバーに囲まれた中でのセロリという有機物のコントラスト。暑い時のセロリって特に旨いよなぁ。太めのセロリを握るように持って、そこへたっぷりの味噌をつけて丸かじる。

みずみずしく食べ応えのあるセロリ。
みずみずしく食べ応えのあるセロリ。

瑞々しぃセロリの繊維質、パリサクの食感がタマリマセン! 葉っぱのところを、マヨネーズ多めでいただくのもグッドだ。

焼き鳥(ネギ・モモ・レバ)。
焼き鳥(ネギ・モモ・レバ)。

この焼き鳥……すばらしい! まず、この無機質なステンレス容器のチョイスがいい。店の世界観にぴったりじゃないか。ネギ、モモ、レバはどれもちょうどいい焼き加減で、特にレバはとろける食感がよく、おかわりするかどうか悩ましい。

照りが美しいつくね。
照りが美しいつくね。

「つくね」のテカリ具合がまたいいですこと。しっかりと黄身まで付いて、品のいいタレの甘じょっぱさが、黄身のトロミとバッチリとマリアージュ。うーん、異世界の焼き鳥ってウマいんだなぁ。

私の他に、数人の客が静かに酒を飲んでいる。なにせこの雰囲気だ。思わず「オレと一緒に旅に出かけないか?」と声をかけてしまいそうな“パブ”感が満載だ。そんな想像を楽しむことができる酒場なんて、なかなかないだろう。

鶏刺し盛り合わせ。
鶏刺し盛り合わせ。

これまた「こんな異世界で?」という鶏刺し盛り合わせがやってきた。レバ、ハツ、ササミと、かなり本格的な盛り合わせがうれしい。新鮮なレバの舌触り、ハツのザリザリとした心地よい食感、ササミはワサビを山ほどのせて味わうのが吉。薬味のネギがたっぷり盛られているのもうれしいじゃないか。

いやはや、店の楽しさだけではなく、しっかりおいしい料理まで楽しめる酒場だったとは……感服いたしました。

今さらながら、ここは『こマねちZ』という店名だということが分かった。お店のフェイスブックを見ると、開店当時の画像の看板には「やきとり こマねち」と掲げており、現在ではその中の数文字だけが看板に残っている。シュールなネーミングセンスといい、それを修繕せずそのままというのだからサイバーでパンク、パンクでファンタジー……やはり、異世界な酒場であることに間違いはなかった。

 

「初めての方ですか?」

会計の際、マスターに声を掛けていただいたのだが、その中でちょっと印象的な言葉があった。

「そうなんですよ、ごちそうさまでした」

「この店、“三鷹イチ入りづらい酒場”なんですよ」

「えっ? どういうこと……」

「また、お待ちしてますね!」

“入りづらくしているけど、お待ちしてます”。

なんだか哲学的で、深い意味を感じるマスターの言葉。もちろんです、また異世界を冒険してみたくなったら、必ず訪れます。

灼熱の散歩道で出合った、まぼろしのような酒場であった。

住所:東京都武蔵野市中町1-21-10/営業時間:15:30~22:00/定休日:不定/アクセス:JR中央線三鷹駅から徒歩1分

取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)

「ちょっと待ってよ……“ただの家”じゃん!」と、今まで何度となく叫んできた。どういうことかというと、入った酒場があまりにも一般家庭の内装に近く、シブいを通り越して“ただの家”の状態に、何度となく驚かされているのだ。
最近、ある酒場を訪れたときのこと。そこでは“スマホ注文システム”を導入していて、私はこの日はじめて体験することになった。手元や店の壁などにメニューなし、スマホの小さい画面の小さな写真のみで料理を頼むシステム。老眼でたどたどしくも、何とか注文することができた。そのうち酒と料理が運ばれてくる。また、しばらくしてスマホから注文……これの繰り返し。人件費削減や領収書の電子化など、合理的で多くの利点があるのは分かるが……それでも、ちょっと料金が上がっても、料理が届くのが遅くなってもいいから、もっと店の人と“会話”がしたい。特に、はじめての店の独酌は寂しい。酒場にも溶け込めず、なんだか自分がこのスマホ注文と同じく無機質な存在になった気分だ。タッチパネル注文だって最初は違和感があったが、今ではだいぶ浸透してきたように、いずれ違和感なく利用できるのだろうけれど、今のところは「う~ん……」という感じ。というのも“会話の温もり”を感じる店が、まだまだ世の中には多いからだ。
“ハンバーグカレー”を考え出した人物は、つくづく欲張りだなと思う。だってね、ハンバーグという単独でも人気ランキング上位の料理を、絶対的王者であるカレーと合わせて一品の料理にしちゃうんだから、そりゃ欲張りと言わざるを得ない。それでいうとカツカレーもそうだし、丼ものに至っては欲張りの塊みたいなものだ。