悩める人々の声を聴いて25年超
三田はオフィス街というイメージがありますが、実はお寺がたくさん立つエリアでもあります。その一角にあるのが、今回訪れた正山寺さんです。
開かれた門の脇の厨子には、厄や魔を遠ざけるという烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)像がお祀りされています。
明治時代に正山寺さんに合寺された国昌寺と縁の深かった明国の武術者、陳元贇(ちんげんぴん)さんの記念碑も。その奥の寺務所が、相談を行っている場所です。
正山寺さんのホームページを開くと、トップ画面に「あなたのお話し お聴きします」「他人にとっては、些細なことでも、あなたにとっては重大な問題ですから……」の文字が。お寺で直接、あるいはオンラインで無料相談を行っているのだそうです。相談といってもお墓や法事の相談ではなく、内容を問わずに人生相談をすることができるのだそう。この取り組みを始めたのは1997年のこと。以来25年以上にわたり、1700人を超える方々のお話を聞き続けているといいます。
ご相談に立ち会う前田さんのご実家は、門前仲町の真言宗のお寺、永代寺(えいたいじ)さん。お墓を持たない方もお参りに見えるような“信者寺”で、ご住職であるお父様の背中を見て育ったと語ります。
前田さん:父は非常に真面目な僧侶で、朝から晩まで寺のことだけをしていました。下町の信者寺なので、朝から晩までいろいろな方が本堂にあがってお参りをなさいます。本堂に上がられれば、挨拶をしながらいろんな話をされます。父はそうした人々と向き合い、時として参拝者の方が涙を流すこともありました。
前田さんご自身も、高校時代には死を考えるほど悩んでいた時期もあったと話します。部活動で一時失明するほどの大怪我を負ったものの、その後無事に回復され、親戚のお寺であったこちらの正山寺の後継者となることに。曹洞宗の本山、永平寺での修行を経て僧侶となられ、お寺で日々相談にあたっています。「精神対話士」という資格も取得され、ご活動されているのだそうです。
住職になられた当時は檀信徒(お寺にお墓を持つ方など)の方以外お参りに見える方が少ない状況で、新たな試みとしてこの無料相談を始めたのだそう。そのスタートは、お寺の掲示板に貼った一枚の貼り紙でした。
前田さん:近所のお寺にはなかなか相談しづらいものですから、貼り紙でどれだけの効果があるんだろうとは思っていたんですが、翌日には初めての相談者の方がいらっしゃいました。小学生や中学生、通勤のために通りかかった方などから始まり、北は北海道、南は九州、沖縄から。ドイツ、フランス、アメリカ、ニュージーランドなど海外からの予約が入ることもあります。一度ご相談にいらっしゃるだけでなく、いわゆるリピーターといいますか、続けて何度かお話をお聞きに見える方がだいたい半分くらいいらっしゃいます。
その後ホームページに無料相談の旨を掲載すると、相談者は急速に増えていきました。1日およそ3名の方のお話をお聴きし、トータル対話数でいうとのべ9127回(2024年6月7日現在)の相談に応じていらしたのだそう。「お寺」「相談」などのキーワードで検索して見える方もいれば、希死念慮を抱いてインターネットで救いを求めるうちにたどりついたという方もいるといいます。
一般家庭のリビングに招かれたようにリラックスできるソファ席で、80分間ゆったりと一対一の相談にのっていただけます。相談の内容は必ずしも仏教に結び付けられるわけではなく、相談者が希望しない限りは、宗教的なフレーズは基本的に使わずに相談に応じるスタイルをとっているのだそうです。とはいえ、相談を受けながら前田さんが感じていることがあるといいます。
答えを出すよりも「気づき」を促す
前田さん:私は、自分のバックボーンにしようと考えて、メンタルケア協会というところでカウンセリングの勉強をして「精神対話士」という資格を取得しました。もちろんそれは役立っているのですが、やればやるほど、仏教を学べば学ぶほど、カウンセリング理論はもともと仏教で説かれていたことだったと気づいたんです。一般の方が住む娑婆の世界で僧侶に何ができるのかという観点を持って、仏教をもう一度見直してみると、人との関わり方や心構えが経典にちゃんと書かれているんです。それを拠り所にしながら活動しています。
- 前田さん
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大事なのは、「自分が救ってあげよう」と思わないことだと思います。変わろうとしているのは、相談者の方自身です。話すことによって、相談者の方自身が気づいていくことが大切なのだと思います。
- 前田さん
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話を聞いてその方の気づきを促して差し上げるということが、我々僧侶の役割なのかなと思います。そのあたりは、禅宗で行う問答を通して培った習慣でもあります。
- 前田さん
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お話をしていただいて、そう思うのはなぜなんだろう、そう行動するのはなぜなんだろうと感じたときに、「今どんなお気持ちなんですか」「そういう風にお考えになられたのはどうしてなんですか」「話しながら涙を流されましたけれども、どうして今涙が流れたんですか」というように、その方が自分に目を向けられるような問いかけをするようにしています。そうすることで、その方自身がいろいろなことに気づいていくのだと思います。
- 前田さん
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そうですね。他には、「私はこう思うけど、あなたはどう思いますか」という確認をすることもあります。「どうしたらいいんでしょうか」と意見を求められる方に対して、「私はこういう考え方とこういう考えがあると思いますが、あなたはどう思いますか」「どちらかというと私の場合はこういう考え方の方が正しいと思うんですが、あなたはどう思いますか」といった聞き方です。
――この選択肢が一番いいんだと伝えるのではなくて、常に「あなたは」というところに立ち返る対話の方法なのですね。
「相談」は苦しい気持ちを確実に軽くしてくれる
- 前田さん
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いろいろな事情があるかとは思うんですけれども、「こんなことを相談してもどうにもならないだろう」「こんなこと、相談していいんだろうか」という思いがあって相談できない方は多いのではないでしょうか。
悩みとは、人に聞いてもらうことによって想像以上に軽くなるということを知っていただけたらと思っています。一回で全てが解決するわけではなくとも、誰かに話すことによって苦しい気持ちが確実に軽くなるということを知っていれば、相談の場にたどり着きやすくなるかもしれません。相談に来られた方からは「来た時からは考えられないくらい気持ちが軽くなりました」「気持ちの整理ができました」「頭の整理ができました」「生きようと思いました」といった声をいただくことがあります。
前田さん:本当に無料でいいんですかっておっしゃる方もおられるんですけど、この活動は僧侶として生きる自負の支えにもなっていることなので、遠慮せずにお話しいただけたらと思っています。仏教では「自利利他円満の行」という風によく言われますけれども、人のために何かをさせていただくことによって、自分もそこで得られるものがあるんです。自分自身に知恵が得られるばかりではなく、人が喜ぶ顔を見ることによって幸せを感じられることが、継続の力になっています。
――「悩みを相談する」イコール「相手に迷惑をかけている」と感じる方もいると思うのですが、話を聞いてくださった方の喜びにもつながると思うと、少し肩の力を抜いて相談できそうですね。悩みを聞いていただけるお寺があると思うだけで、心にお守りを持っているような気持ちになりました。こんなふうに気持ちを受け止めてくださるお寺が全国にあったらなあという思いです。
前田さん:自死・自殺に向き合う僧侶の会で一緒に活動している真言宗豊山派の明王院さんも、写経会や御詠歌の会などをされていて、とても積極的に人を受け入れてくださるお寺さんです。ご住職の市橋杲潤さんだけでなく、伴侶の市橋俊水さんも僧侶でいらっしゃいます。
――真言宗でご夫婦共に僧侶でいらっしゃるお寺はとても珍しいのではないでしょうか。ぜひお2人にもお話をお伺いしたく思います!
前田宥全さんプロフィール
1970年東京都生まれ。東北福祉大学卒業。永平寺での修行を経て1996年より現職。2001年から「あなたのお話し お聴きします」の活動を始める。2007年に「自殺対策に取り組む僧侶の会」(現「自死・自殺に向き合う僧侶の会」)を立ち上げ、現在は共同代表。
正山寺ホームページ https://www.shosanji.jp/
問い合わせメールフォーム https://www.shosanji.jp/contact.html
取材・文・イラスト・撮影=増山かおり