重厚なビルの1階に並ぶミッドセンチュリーの家具
『ROJU Cafe』は駒沢通りから南東に折れた路地に面したビルの1階にある。通行量の多い道を1つ曲がっただけなのに、あたりは急に静かな雰囲気に。
重厚感のある5階建てのビルは、ガラス窓越しにキラキラとした室内の照明が見えて、中に入ってみたい気持ちが湧いてくる。
『ROJU』は“A BASE FOR GOOD LIFE. ”をスローガンに、人々の豊かな生活の拠点になる場所を提供するブランド。青山に所有するビルも、都会ながら静かな場所で凝ったデザインの空間となっている。
少し重いドアを開けると、ふわりと包み込むような音楽が聴こえて、広くて天井が高い空間にはデザイン性の高い椅子がたくさん並んでいる。家具に詳しくなくても、どこかで見た覚えがあるはず。中心となっているのはミッドセンチュリーと呼ばれる1940年代から1960年代に主にアメリカでデザインされた家具だ。
訪れる人に特に人気があるのは、広いスペースの中央に置かれたラウンジチェアの「ラ シェーズ」。有名なチャールズ&レイ・イームズ夫妻がデザインした。白いポリウレタン製の柔らかなカーブが印象的で、座るというよりも寝そべるようにゆったりと身体をあずけたくなる。この椅子に腰掛けて写真を撮る人も多いのだとか。
大人の交流に似合う後味ビターな深煎りのオリジナルブレンド
『ROJU Cafe』を運営しているのは、古いビルからオフィスビル『ROJU』へリノベーションしたHOUSETRAD(ハウストラッド)という設計事務所だ。『ROJU』の運営との打ち合わせで、天井の高い1階のスペースを活かし、撮影やイベントに使えるレンタルスタジオにすることを提案。するとビルのPRにもつながるからと受け入れられたが、同時に「1階の管理もしてくれないか」という依頼もされたのだ。
かねてからカフェを開きたいと思っていたHOUSETRAD代表の水野了祐(みずのりょうすけ)さん。カフェを併設すればレンタルスペースの運営管理もうまくいのではないかと考えた。
HOUSETRADでは新築の一軒家からオフィスのデザインまで幅広く手掛けている。依頼主とは何度も顔を合わせ、ライフスタイルや趣味嗜好まで話が及ぶので、プロジェクト終盤には打ち解けた仲になることがほとんど。しかし完成したあとは会う機会がぱたりとなくなってしまう。もったいなくもあり、どこか寂しいと感じていた。事務所と同じ場所にカフェがあったら、せっかく仲良くなった依頼主たちとの関係も途絶えさせずに済むかもしれない。そう考えていたのだ。
「ただコーヒーのことはまったく知らなかったので、知り合いに相談しました。紹介してもらったのが今のバリスタスタッフです」
そのバリスタ、池田海人(いけだかいと)さんも次の働き方を検討し始めていたところだったのだとか。
水野さんが「オリジナルブレンドを作りたいけど、フルーティーな酸っぱい浅煎りのコーヒーは苦手」と話したところ、池田さんも「僕も深煎りの方が好きです」と意気投合。
2人でコーヒーの品質を評価するカッピングにも出向いたというが、「全然わからなかった」という水野さんは、池田さんにコーヒー選びを一任した。池田さんが目指したのは、「多くの人がおいしいと感じる深煎りで、味に統一性があってバランスのいいブレンド 」。ブラジルとグアテマラと エチオピアの3種類の豆をブレンドしている。
カフェラテを淹れてもらうと、クリーミーなフォームドミルクとのコンビネーションのいいボディ感。最後に深みのあるビターで大人っぽい味わいが残って、消えてしまうのが惜しいような印象を残す。
「3種類の豆のうち、ブラジルとガテマラはベーシックでバランスのいい豆です。少し特徴を出そうと加えたのがエチオピア。ダークチョコレートのような味がすると思います」と池田さん。
このブレンドは静岡・浜松にある姉妹店でも使用。2024年中に麻布十番に開く予定の新店でも使われることになっていて、自家焙煎を行う計画もあるのだとか。
撮影映えバッチリのスペースには、近々グリーンを設置
いくつもの椅子が置かれているレンタルスペースは、スタンディングで100人、着席で60人が入場可能。通常はカフェを訪れた人に開かれているが、1カ月に10回前後、貸切になる時間がある。その用途は動画や写真の撮影のほか、洋服やバイクの展示会、会社のキックオフミーティングや忘年会などさまざま。
またかつては荷下ろしに使われていた建物前の駐車スペースでも、フリーマーケットやプロのフォトグラファーが子どもや家族を撮影する写真館イベントなど、誰でも参加可能なイベントが開催されることもある。
ところで、現在のように名作家具がスタジオ部分に置かれることになったのは、実は新しいものをあつらえる予算がなかったのが理由。ミッドセンチュリー的なデザインが得意な設計事務所として、もともと保有していた家具を置いて自由に座ってもらえるようにしたところ、SNS映えするカフェとして人気が出たのだ。
レンタルスペースに置かれた高級家具は、ほとんどが黒か白。「モノクロカフェと呼ばれることが多いのですが、近いうちに植物をたくさん置いて、もう少し柔らかな空間にしていきたい」と更なる進化を目指す水野さん。そもそも『ROJU』は漢字ならば“路樹”。さりげない存在感で佇む路樹のように存在したいという願いが込められているそうだから、グリーンが置かれることは必然なのだ。広い空間も包み込むような音楽と、一度座ってみたかった椅子においしいコーヒーにやさしい緑。中目黒の路地で、憧れのインテリアに直接触れられるカフェとして一層ファンが増えそうだ。
取材・撮影・文=野崎さおり