「江戸の味、いまに伝える」深川めし
深川めしのルーツは、江戸時代。漁師飯として、ぶっかけ飯が食べられていた。体力仕事の漁師飯であった深川めしは、濃い味付けでかつ、素早くつくれるのが特徴。当時の深川は、良質のアサリが多く獲れた。そのため新鮮なアサリを使ったぶっかけ飯をよく食べていたのだ。鉄分やタウリンを多く含んだアサリを使うことで、体力や栄養もしっかり取れるという。
漁師が多かった深川では、切っても切れない存在だったのだ。
その後時代が明治になると、大工の弁当としてアサリを使った炊き込みご飯も発展していくことになる。ぶっかけも炊き込みも庶民の間では欠かせない深川めしだった。
江戸時代、深川の佐賀町は隅田川の倉庫街があり日本全国から船で物資が届く町だった。船から積み荷を降ろす人、降ろした荷物を江戸に届ける人、みんなが深川めしを食べていた。深川めしは江戸の発展を支えていた。今風に言えばソウルフードなのだ。手っ取り早く食事が摂れるし、疲れた体にアサリの栄養分が活力を与えてくれるのも深川めしの特徴だ。深川めしがなければ、今の東京はなかったかもしれないと店主の日東寺さんは、当時に思いをはせる。
一番人気の辰巳好み
今回は『深川宿』で一番人気があるという辰巳好み2365円をいただいた。辰巳好みは、ぶっかけと炊き込み2種類の深川めしを楽しめるので、初めてのお客さんに人気だという。
まずはぶっかけ。獲れたてのアサリとネギを味噌でひと煮立ちさせたものを、汁ごとご飯にかけたものだ。ひと煮立ちさせることで、味噌の味を引き立て、風味が飛ばないようにしているのだ。ぶっかけは熱いうちに食したい。シャキシャキしながらも、やわらかくもあるネギが、ぶっかけの味を一層引き立てている。さらに新鮮なアサリと、味噌の調和に箸が止まらなくなってしまう。見た目よりも、ずいぶんとあっさりしていておいしい。
一方炊き込みは醤油ベース。アサリの風味が感じられてこれまたおいしい。アサリの炊き込みご飯は、魚介類の臭みを消すためにショウガをいれることが多い。しかし新鮮なアサリを使っている『深川宿』の炊き込みは、ショウガは使用しなくとも臭みをまったく感じない。
小さなお茶碗に、たっぷりとご飯がよそられているのでボリュームもある。さらには、煮物やお吸い物、お新香に葛きりに白玉までついている。見た目にも、とても華やかな気分になる。
ぶっかけも炊き込みも両方おいしいので甲乙つけがたいのだが、日によってぶっかけが食べたい日があったり、炊き込みを食べたい日があったりしそうだ。
端唄・小唄の流れる店内
『深川宿』は、『深川江戸資料館』の正面に店を構える。店内には端唄・小唄が流れ風情がある。そうした空間の中で江戸時代の日常食であった深川めしを食べると、一瞬時がタイムスリップしてしまったかのような錯覚に陥る。
日東寺さんは「お客様には、江戸時代の歴史を感じていただけたらうれしい」と話す。お店を訪れたのが1月の半ば過ぎ。お正月気分もすっかり抜けていた頃だが、『深川宿』で食事をいただいていると、のんびりと穏やかな気分になってしまった。居心地がいいのだ。取材の前、店内はお客さんでにぎわっていたが、みんな笑顔。深川めしのどこか懐かしい味を堪能しながら、端唄・小唄を耳にしていると、本当に穏やかな気持ちになってしまうのだろう。
『深川宿』でお腹を満たしたら、『深川江戸資料館』で歴史を学んだり、近くの清澄庭園で散歩したりするのも楽しそうだ。
先代の思いを受け継ぐ
『深川宿』をはじめたのは、日東寺さんのお父様。元々はダイニングバーを経営していた。地元深川の深川めしが段々と姿を消していくことに危機感を覚え、「深川の郷土料理を絶やしてはいけない」というのが先代のお父様の思いだったそうだ。
「父が深川めしを始めようとしていた頃は、地元深川でも、深川めしを知らない世代が増えてきていたんですよ」と日東寺さんは語る。
「父ははじめ、元漁師の方に深川めしを作ってもらって食べてみたそうなんです。そうすると味が濃い。漁師の方は汗水たらして働くので、どうしても濃い味で塩分を補給しなくてはいけない。だからしょっぱかったらしいんです。一方で魚の仕分けや、網の片付けなどの仕事をしている幅広い年代の方は、甘めの味付けで深川めしを食べていたそうです。働く場所や年代によってすこしずつ味が違うんですよ」と続けて説明してくれた。
先代は少しずつ味を改良していった。一般の方の口に合う味付けにしていく試行錯誤は1年続く。そしてようやく『深川宿』の深川めしが完成したのだと言う。
先代の強い思い「江戸の味、いまに伝える」が引き継がれ代替わりしてもなお、多くの人に愛される人気店となった。
先代のお父様は「江戸の昔ながらの味、お店の雰囲気、接客」などをとても大事にしてきていたそうだ。時が流れた今もしっかり受け継がれている。
取材・文・撮影=アサノカツヒト