「自分で集めたレコードは全部リストを作ったの」と、ジャケットの写真を縮小コピーして貼りつけた手製のリスト帳をうれしそうに見せてくれる神谷さん。
15歳で聴いたジャニス・ジョプリンの『サマータイム』を境に、ロックからジャズに向かった耳の持ち主だ。その最大のコレクションはエリック・ドルフィー。アルバムのすべてを網羅し、バックヤードの〝ドルフィー棚〟は数メートルにわたる。
東京には人生で2回しか訪れておらず、名古屋にも10年行っていないという神谷さんに、国外旅行など当然あり得ない。生地から動かず、隣村に行くこともままならないカフカの小説の主人公のようだが、「ジャズ喫茶の客は個性的な人が多くて、それだけで世界の広さを楽しんでいます」と哲人の一言。
夥しい数のレコードとそれを聴きに寄るさまざまな客が刻んできた時空が、ミラクルな異次元を醸成したのだろうか。とてつもない重力を感じる、魅惑の店である。
【店主が選ぶ一枚】Eric Dolphy “COMPLETE LAST DATE”
最大の愛情をドルフィーに!
中学時代にジャズを聴き始めた神谷さんが最大の愛情を注ぐエリック・ドルフィー。数多あるコレクションから挙げたのは、『COMPLETE LAST DATE』(1964)。夭折したジャズ評論家の間章(あいだあきら)が「馬のいななき」と評したバスクラリネットが1曲目からすごむ。“When music is over, it’s gone in the air.You can never capture it again.”ドルフィーが遺した名言のごとく、夢のように一瞬で消え去る音楽。レコード蒐集に魅せられた神谷さんらしい一枚。
取材・文=常田カオル 撮影=谷川真紀子
散歩の達人POCKET『日本ジャズ地図』より