小さなパン屋に宿る「人の温かみ」が、お客さんを惹きつける
下町を彷彿(ほうふつ)とさせる懐かしい雰囲気を残した、新大宮商店街。銭湯や昔ながらの古民家が並ぶ一角に、淡いグリーンを基調とした小さなパン屋さんがあります。食パンのイラストに顔が描かれたユニークな看板が目印の『ぱんとおかし コハルビヨリ』は、2021年4月にオープンしました。
「できるだけ素材を生かすパン作りをしたい」と話す店主の豊山さん。あんやカスタードといった副素材も基本的にご自身で作っているといいます。職人として手仕事したいと思ったことが、創業の後押しとなったようです。
店名は娘さんの名前「コハル」からとったそう。看板や扉にある『コハルビヨリ』のロゴは、開業当時年長だった娘さんの直筆です。愛らしい字がお店のイメージにも合っていますね。
店内には色とりどりのパンや焼き菓子のほか、奥様やアルバイトのスタッフが見繕ったお花やインテリアも並んでいます。隣の家の子がお店のインタビューをして書いてくれたという「コハルビヨリ新聞」も、額縁に入れて飾ってありました。
「人の気配やぬくもりを感じられるお店にしたい」という豊山さん。その言葉通り、『ぱんとおかし コハルビヨリ』はただパンを提供するお店というより、地域の人に心から愛されている印象を持ちます。
「発酵食品としてのパン」の原点は、偶然が重なり出会った小麦と酵母
店内には、常時30種類ほどのパンが並びます。そのほか、10種類の焼き菓子や生菓子も。生菓子はプリンやシュークリーム、パンナコッタ、ジャムがメインです。パティスリーやコーヒー専門店で舌と腕を磨いた豊山さんだからこそのラインナップといえるでしょう。
パン作りには、国産小麦と自家製大豆酵母を使用。「パン職人の知り合いに紹介してもらった“はるゆたか”を試したとき、その香りや質感に惚れ込みました。『国産小麦っていいんやな。やっぱ自分で触ってみんとわからんなあ』と感じてから、国産小麦を使うようになったんです」
こだわりの自家製酵母も、『ぱんとおかし コハルビヨリ』のパンのおいしさの秘訣です。ある大学から「大豆のジャムをつくってほしい」と言われ、その過程で偶然できた大豆の酵母を使用。みそを思わせるやさしく甘い香りが、小麦のおいしさを引き立たせます。大豆文化がある日本人にとって、どこか懐かしい味わいに親しみを持つのかもしれません。
商品開発にはユーモアも取り入れて
キャベツ太郎、おざぶとんなどユニークな名前のパンもちらほら。誕生秘話を聞くと、「基本的にはちょっとふざけたいんですよ」と笑顔で話し始めた豊山さん。
「食感が良いフーガスにスパイスを効かせたオリジナル商品を作ろうと思ったのがきっかけです。国産の青海苔と醤油を合わせて作って、アルバイトの子に食べてもらったとき『キャベツ太郎の味がしますね』と言われたんですよ。『じゃあそっちに寄せよう』と、醤油から有機のウスターに替えました(笑)。そうして出来上がったのがキャベツ太郎です」
名前や商品をゆるいノリで決めることも多く、変わった名前のパンが並ぶのも『ぱんとおかし コハルビヨリ』の魅力。
『ぱんとおかし コハルビヨリ』のパンはあえて素朴な味にこだわり、丁寧に焼き上げたものばかり。「パパッと食べるのではなく、一口ずつ噛み締めて食べてもらいたいです。ゆっくり歩くからこそ見える景色ってあるじゃないですか。パンも同じだと思っています。きっと噛み締めるたびに、小麦の味や発酵した香りを楽しんでもらえるはず。それを伝えていくことが僕の仕事です。発酵食品としてのパンをじっくり味わってみてくれたら嬉しいですね」
取材=パンスク編集部